元コンサルが挑む、家業「杉折箱ブランド」の再構築。大量生産の時代に日用品の美「民芸」をどう売るか/茨城県河内町・有限会社折重 秋山崚悟様 インタビュー

「菓子折り」という言葉の「折り」が、かつて木の箱を指していたことを知る人は、今どれほどいるでしょうか。
茨城県河内町で1966年から杉折箱を作り続けてきた有限会社折重。杉の板を貼り合わせて作る杉折箱は、おせちや佃煮などの食品容器として使われてきた、日本の暮らしに根づく道具の一つです。現在は、茨城県伝統工芸品にも指定されています。
一方で、折箱を取り巻く環境は大きく変わっています。プラスチック容器の普及により使われる場面は減り、長年の取引先の廃業も相次いでいます。かつて日常にあった木の箱は、いつしか「ただの容器」として見られやすくなっていました。
そんな家業に戻ったのが、創業者の孫である秋山崚悟様。新卒でコンサルタントとして企業再生の現場を経験してきました。家族からは「継ぐな」と言われていた家業。それでも、杉の香りや木の手触り、使い込むほどに変わる風合いに、まだ伝えきれていない価値を見出しました。
日常の中にある美しさ「民芸」を、どう届け、どう事業として続けていくのか。元コンサルとして挑む家業の再生について、その現在地を伺いました。
BEYOND-CONSULシリーズでは、コンサルティング業界を経験した方々が、その後どのようなキャリアを歩んでいるかを追います。
Index
資本主義を研究していた東大院卒生が、コンサルへ進んだ理由
アクシス
まず、有限会社折重がどのような会社なのか教えてください。
秋山様
折重は、茨城県河内町で「杉折箱」を作っている会社です。1966年に祖父が個人事業として創業し、1980年に法人化しました。
杉折箱は、杉の板を貼り合わせて作る食品容器で、おせちや佃煮の箱として使われてきました。現在は、茨城県伝統工芸品にも指定されています。その他、包装資材なども扱っていますが、近年は杉を使った雑貨なども販売しています。「一緒に育つ箱」として、杉ならではの香りや、使い込むほどに風合いが変わっていく経年変化を大切にしています。
アクシス
秋山さんは大学院で哲学を研究されていたそうですね。どのようなテーマに関心を持っていたのでしょうか。
秋山様
大学時代はミシェル・フーコーを研究していて、大学院からはフェリックス・ガタリという思想家を研究対象にしていました。ガタリは、ジル・ドゥルーズとともに『アンチ・オイディプス』という本を書いた人物です。
私が関心を持っていたのは、資本主義が社会や人間にどのような影響を及ぼしているのか、という問いでした。ガタリは精神分析家として病院で働く実務家でありながら、本を書き、政治的な運動にも関わった人です。そうした、思想と実践がつながっているところにも惹かれました。ただ、当時はあくまでも研究として、本の中で理解していたという感じでしたね。
アクシス
大学院修了後、コンサルタントというキャリアを選ばれています。哲学研究からコンサルへ進むのは、少し意外にも感じます。
秋山様
本で読んでいるだけでは、わからないことがあるんじゃないかとずっと思っていて。資本主義を研究する中で、コンサルタントという仕事は「今の資本主義の最前線にいる人たち」だと感じたんです。実際に自分がその場に入ったときに、何に気づくのかを知りたかった。また、大学院での論理構築の経験や、コンサルの方々の非常にロジカルな思考プロセスに魅力を感じたことも大きな理由です。
コンサル時代は事業再生に注力。数字を見る力と現場に入る力を徹底的に鍛える
アクシス
コンサルタント時代は、どのような業務を担当されていたのでしょうか。
秋山様
企業の再生支援です。経営が厳しくなっている会社や、金融機関との調整が必要な会社の支援などに携わっていました。他にも地方の企業に常駐することも多く、現地の社員の方々と一緒に働きながら、経理業務の改善や財務資料の作成、IFRSの会計基準の導入などに携わっていました。
アクシス
資本主義を研究していた立場から、実際にコンサルとして働いてみて、見え方は変わりましたか。
秋山様
変わりましたね。大学院のときは、本で読んで理解しているつもりだったことも、実務の現場に入ると違って見えます。たとえば、企業を買収し、価値を高めてリターンを得ようとする人たちがいることは、大学院のときには不思議に感じていました。でも、実際にその人たちのもとで仕事をすると、その人たちが何を考えているのかも見えてきます。
一方で、常駐先では、会社を買われる側の方々とも話します。その間に立って仕事をしていると、文章だけ読んでいた頃は「資本主義とはこういうものだ」と頭で整理していたことが、現場ではもっと複雑で、簡単に割り切れないものだとわかってくる。その中でどう生きるべきなのかを、すごく考えましたね。
アクシス
コンサルの経験は、現在の折重での仕事にも活きていますか。
秋山様
そうですね。一般的なコンサルスキルがどうこうというよりも、たとえば再生業務で会社の数字を見て、「次にこういう手を打つべきだ」と考えることや、戦略のフレームワークを使って「ここが強みだから伸ばそう」と整理する考え方は非常に役立っています。
それから、地方常駐していた経験も大きいです。いきなり現地に行って、そこで働いてきた方々と一緒に仕事をする。初対面の相手と関係を築きながら仕事を進める経験は、今、自分が営業に行くときにも役に立っていると思います。
「勝ち筋はある」。元コンサルが“継ぐな”と言われた家業に戻った理由
アクシス
コンサルを辞めようと思ったきっかけは何だったのでしょうか。
秋山様
入社して1、2年目の頃、再生支援の仕事でかなり無理をした期間がありました。当時は業務面でも人間関係でも負荷が大きく、一度ダウンしてしまったんです。
ただ、そこで腐らずに切り替えて1年ほど続けました。その後、起業する友人がいて、その立ち上げに関わる話が出たことが、コンサルを辞める直接のきっかけになりました。
アクシス
そこから、折重に参画することになったのですね。
秋山様
はい。友人が起業するという話は、結果的に白紙になりました。ただ、その過程で実家に戻る機会があり、折重の決算書を見たところかなり厳しい状況なのではないかと感じたんです。向こう10年を考えたときに、この会社や家族はどうなるのだろう、と。ちょうどその頃、父が小売りを始めようとしていたのですが、人手が足りず、動ける人もいなかった。そこで、自分がやろうと思い、折重に戻ってきました。
商品が売れたら給料が入る、売れなければ入らない、という形でやっています。
アクシス
家業に入ると決めたとき、ご家族はどのような反応でしたか。
秋山様
両親や祖父母からは猛烈に反対されました。もともと「継ぐな」と言われて育ってきたんです。ただ、私としては「勝ち筋はある」と思っていました。一度外に出たからこそ、自分の家が作っているものの価値が見えていたんです。
特に、塗装しない木の製品や雑貨は世の中に多くありません。でも、そういうものを求めている人はいるはずだと。また、祖父母や両親がこれまで確立してきた地域での信頼もある。折重は何も持っていないわけではない。ちゃんと武器はある。戦い方によっては勝てると思う、という話をした記憶があります。
薄利多売からの転換へ。まず着手したのは、利益構造の見直し
アクシス
折重に参画した当時、会社はどのような状況にあったのでしょうか。
秋山様
お客様の廃業が相次いでいました。ネガティブな理由ばかりではなく、高齢になって「そろそろ辞めます」というケースも多かったです。私も入るまでは十分に理解できていなかったのですが、そもそも折箱自体が以前ほど使われなくなっている状況がありました。多くの容器がプラスチックに置き換わり、折箱業界そのものが縮小している。その中で、特に直近はお客様の廃業が一気に重なり、売上面でも厳しさが増していました。
折重は家族経営の会社ですし、この地域は人口も消費も多いわけではありません。近隣のお客様だけで商売を続けていくと、どうしても売上は落ちていく。何か根本的な手を打たなければ、この先も厳しくなるだろうと感じました。
アクシス
参画後、最初に着手したことは何でしたか。
秋山様
事業構造の見直しです。そのためにも、原価構造の点検や、キャッシュフローの可視化など、内部体制の改善に着手しました。
弊社は包装資材の問屋も営んでおり、現状はそちらの売上比率が高い。しかし、会社として、その事業形態に限界も感じていました。父は本業である杉折箱販売業への原点回帰を求めていますので、「お客様第一主義」は守りつつ、事業全体を見直し持続可能な経営が可能な環境整備に努めています。取引先やメーカーとの個別対応、配送、集金業務といった複数の業務をどうやって少ない人数で回していくのか。また、どのように利益を守りキャッシュフローを安定させるのか。本業に経営資源を投入するために、そのような課題に取り組んでいます。
アクシス
薄利多売から、価値をわかってくれるお客様に届ける形へ転換する必要があったのですね。
秋山様
そうですね。高級な佃煮や梅干しなどに折箱が使われることは今でもあります。ただ、それ以外では、どうしても「包装容器」と見られやすい。薄利多売で価格が下がっていく中で、うちのような家族経営の会社は、生産力にも限りがあります。食いぶちが稼げないから廃業するしかない、ということも起きているのだと思います。
だからこそ、価値をわかってくださるお客様に、適正な単価で届けていく必要があります。これまでのように、たくさん作って、たくさん売るというビジネスモデルではない形に転換しなければいけない。小売りを始めた背景にも、そうした問題意識があります。私としては、BtoBでもBtoCでも本質的には同じだと思っています。素材は同じなので、杉折箱や杉の製品の価値をわかってくださる方に、きちんと届けていくことが必要だと考えています。
アクシス
商品面では、現在どのような取り組みをされているのでしょうか。
秋山様
まずは商品数を増やすことです。もともと折重は箱物を作ってきた会社なので、最近ではティッシュボックスやカトラリーを入れる箱なども作っています。そういう形で、箱物のラインナップを増やしているところです。同時に、お客様がどういうものを欲しがっているのかを知ることも必要です。マクロな意味でのマーケティングもありますが、展示会などに出て、直接お客様の声を聞くことも大切だと思っています。まだまだこれからですが、商品を増やしながら、実際にお客様の反応を見て改善していく。その両方を少しずつ始めています。

「霧の中を歩いている」。元コンサルが直面した、売ることの難しさ
アクシス
折重に入ってから、ご自身が最も成長したと感じる部分はありますか。
秋山様
何でもやらなければいけないところです。営業もするし、マーケティングも考える。「こういうセグメントに攻めるべきだ」と考えたら、そのために何をすべきかも自分で考えなければいけません。
コンサルは基本的に、クライアントがいて、その依頼に応える仕事だと思います。クライアントが求めるゴールがあるから、ある程度、見当をつけて進めることができる。一方で、今は常に霧の中を歩いているような感覚があります。自分が最初に設定したゴールが正しくなかった、ということもたくさんあるんです。コンサル時代にも仮説検証はしていましたが、事業側での仮説検証は、それとは少し違います。一段階、難易度が上がったような感覚があります。
アクシス
具体的には、どのような違いを感じますか。
秋山様
コンサルの仕事では、最初からお客様がいる状態で仕事が始まります。でも、事業では、そもそもお客様に届くまでを考えなければいけない。そこが全く別のことだと感じています。たとえば、法律や検疫のようなことも、ある程度は自分で調べてやらなければいけません。今はAIがあるので、見当をつけることはしやすくなっていますが、それでも最終的には自分で判断して動く必要があります。
アクシス
事業側での仮説検証について、具体的にはどのような経験がありましたか。
秋山様
2つあります。1つは、御札を立てる商品です。御札は初詣のときに買う人が多いので、神社に置かせてもらえないかと考えました。取引のある神社さんにお願いして置かせてもらったのですが、結果としてはあまり売れませんでした。一方で、午年だったので馬の刻印をして、美浦の道の駅でも販売していました。美浦は競馬が有名な場所です。すると、そちらではすごく売れたんです。神社で売れると思っていたら、道の駅で売れる。「なるほど」と思いました。
もう1つは、パン箱です。もともとは食パンを保管するための箱として、社長が開発した商品でした。当初は、パン屋さんに持っていき、パン屋さんのブランド商品として販売してもらうことを考えていました。ただ、実際に話を聞いてみると、「そもそもそういうニーズはあまりない」と言われたんです。想定していた売り方とは違うのだと感じました。一方で、商品を見たお客様からは、「別の用途で使いたいから買いたい」という声もありました。そこで、こちらが考えていた用途とは違っても、欲しいと思ってくださる方はいるのだと気づきました。
パン箱として作ったものではありますが、使い方をこちらが決めきる必要はないのかもしれません。お客様の反応を受けて、次はこういう見せ方や売り方ができるのではないかと考える。その繰り返しなのだと、最近感じています。本製品は、現在は、「杉の保存箱」として販売しています。
アクシス
コンサルでは、市場調査をして、戦略を立てて、プロダクト開発に進む流れを考えることも多いと思います。今の事業づくりでは、戦略と実行の違いをどのように感じていますか。
秋山様
コンセプトはあります。私たちの商品は、杉ならではの香りや経年変化を楽しむものなので、自然素材を愛好している方に気に入っていただけるのではないかというカスタマー像もあります。ただ、大企業であれば、すでにサプライチェーンがあり、商品棚に並べるところまで実行できます。戦略を立てたあと、実際にお客様の目に触れる場所まで届ける仕組みがある。
一方で、私たちの場合は、商品棚に並べる手前の戦略までは立てられても、それをお客様にどう届けて、買ってもらうのかが難しい。棚に並ぶことそれ自体が難しいといいますか。実際に買うかどうかを検討する人の手元に届けることと、戦略の間には溝があると感じています。SNSをやれば売れる、という単純なものでもありません。その溝をどう越えるかを、今すごく考えています。コンビニに並んでいるポテトチップスは、置いておくだけで売れていく。あれは相当、魔法を使っているんじゃないかと思うぐらいすごいことで。そこには仕掛けがあると思っていますし、それを今、勉強中です。
ただ、大まかにターゲット自体はそんなに外れていないような気もしていて。自然素材の香りや、ものを長く使いたいという思考を持っている方に届けるという方向性は間違っていない。違ったというところはたくさんあるんですけど、溝の越え方を間違えていただけで、どこに向かうかはそんなにずれていないと思っているんです。

日常にある美しさを、適正な単価で届ける
アクシス
お父様は経営者であり、職人でもあります。ものづくりに関して、印象に残っている学びはありますか。
秋山様
そもそも、私自身が戻ってくる前は、折重が作っているものをきちんと理解できていませんでした。「うちはこういういいものを作っているんだ」と知るところから始まったのが、一番大きな学びだったと思います。いいものを作っているのであれば、私はそれをうまく解釈し、新しく定義づけて、それを欲しいと思ってくれる人に届ける。その橋渡しをすることが、自分の仕事なのだと考えるようになりました。
こうした地域でものづくりを続けている人は、決して多くありません。希少であるがゆえに、どんどん少なくなっているという現実もあります。他の職人の方とお会いしても、同じような話になることがあります。これは、私たちだけが抱えている問題ではありません。だからこそ、どうにかしたい。その気づきは、学びというよりも、かなり重い気づきでした。
アクシス
伝統工芸や民芸を伝えていくことへの使命感もありますか。
秋山様
使命感はありますね。私はまだ作り手ではありませんが、伝え手ではあると思っています。
父がよく言うのは、「これは民芸品なんだ」ということです。日常的に使われているけれど、美しいもの。柳宗悦は「民藝」という言葉を使いましたが、庶民の生活の中にも、すでに美しいものがあるという考え方です。実際、杉製の日用品は江戸時代には庶民の生活にとても浸透していたといいますし、工芸でありながら「庶民のハコ」であるというコンセプトは大事にしています。
折重が作っているものも、世間にはまだあまり知られていません。ある意味では、民藝に近いものだと思います。それは弊社の箱に限らず、茨城県にはまだ知られていないものがたくさんあります。そういうものを伝えていくこと、広げていくことは、将来的にやっていきたいです。今はまだ十分にできていませんが、そうした活動を通じて、ものづくりの担い手が生まれるようなことがあれば嬉しいですね。
アクシス
そうした価値を次の世代につないでいくために、今後はどのような事業の形を目指しているのでしょうか。
秋山様
まずは、3年後、5年後に、しっかりとキャッシュが回る経営基盤を作りたいです。小売りや高単価のパッケージ販売を広げ、利益率も上げていきたいと考えています。
その先では、ものづくりだけではなく、輸出なども含めて、できることを広げていきたいです。将来的には、弊社の製品だけではなく、工芸品を外へ届ける、地域の名産を届ける。そうしたことにも取り組めたらいいなと思っています。
折重が作っているものには、日常の中にある美しさや、杉ならではの香り、使い込むほどに変わっていく風合いがあります。それを事業として続く形にし、次の世代につないでいくことが、これからの自分の役割なのだと思います。


茨城県河内町出身。東京大学大学院総合文化研究科言語情報科学専攻修士課程修了。大学院ではフェリックス・ガタリとジル・ドゥルーズの共著『アンチ・オイディプス』を軸に、資本主義が社会に及ぼす影響を研究。大学院修了後、会計系コンサルティングファームに入社し、企業再生支援や地方企業への常駐業務に従事。経営危機に直面した企業の財務改善やIFRS導入支援などに携わる。2025年、家業である有限会社折重に参画。ブランドマネージャーとして、キャッシュフロー改善・原価構造の見直しから、杉製品ブランド「orisige」の構築まで、薄利多売から高単価・小売へのビジネスモデル転換を推進中。
※杉製品ブランド「orisige」のnote

1966年、茨城県河内町にて創業。杉の板を貼り合わせて作る「杉折箱」の製造・販売を手がける。おせちや佃煮の容器として長年にわたり地域の食文化を支え、2025年に茨城県伝統工芸品に指定。塗装を施さない杉本来の香りと、使い込むほどに深まる経年変化を大切にした「一緒に育つ箱」をコンセプトに、折箱にとどまらずティッシュボックスやカトラリーケースなど杉を使った日用雑貨の開発・販売にも取り組んでいる。
HP:https://www.orisige.com/

アクシスコンサルティングは、コンサル業界に精通した転職エージェント。戦略コンサルやITコンサル。コンサルタントになりたい人や卒業したい人。多数サポートしてきました。信念は、”生涯のキャリアパートナー”。転職のその次まで見据えたキャリアプランをご提案します。


