NRIデザイナー沼野千秋氏のキャリア原点。「不安と不満の現場」にデザインを届ける原体験

美術館で作品と向き合っていると、つい「その前で人が何秒立ち止まるか」にも目がいってしまう。海外の美術館では作品の前にテープがないのに、なぜ人は触らずに止まるのか。そんな視点で世界を見ているデザイナーが、野村総合研究所(NRI)にいます。
沼野千秋氏。コンサルタントとUXデザイナー、2枚の名刺を持つNRIのシステムコンサルタントです。幼少期に折り込み広告の裏紙を活用して兄弟を楽しませていた原体験から、家族の入院を機にデザインの力を確信し、「困っている場所にこそデザインが効く」という信念を育ててきました。
今回の記事では、沼野氏のキャリアの原点を辿ります。なぜコンサルティングファームでデザインなのか。「マイナスをゼロに、ゼロをプラスに」変えていく仕事の源流は、どこにあるのでしょうか。
Index
ネガティブな領域にこそ、デザインの光を。幼少期から育まれた問題意識
金澤
本日はよろしくお願いいたします。まず、アートやデザインに関心を持たれた背景には、どのような原体験があったのでしょうか。
沼野様
幼少期の遊びに、今の原点があったのかなと感じています。当時はテレビゲームや携帯型のゲームで遊ぶ子どもも多かったのですが、私はどちらかと言うと、身近にあるものを使って工夫することのほうが好きでした。
たとえば広告の裏紙やレシートの白い部分、トイレットペーパーの芯のような素材を使いながら、「どうしたらもっと楽しくなるだろう」と考えていたのです。兄弟が「こういうものが欲しい」と言うと、限られたものの中でどう作れるかを工夫して、誰かを楽しませる。そうした遊びが、振り返ってみると、デザインやアートに関心を持つきっかけだったのだと思います。
金澤
大学ではどのようなことを学ばれていたのでしょうか。
沼野様
筑波大学の芸術専門学群で、情報プロダクトデザイン領域を専攻していました。名前の通り、手に取れるプロダクトだけでなく、目に見えない情報や環境、人の動線のようなものまで含めて、座学と実践の両方から学ぶ領域です。いわゆる“ものを作る”にとどまらず、人がどう体験するか、どういう環境でその体験が成立するのかまで含めて考える学びでした。
その中でも、特に関心を持っていたのが、社会的必要性が高いにもかかわらず、ネガティブな印象を持たれやすい領域です。たとえば医療や廃棄物のように、社会にとっては必要不可欠なのに、不便さや不満、あるいは心理的な抵抗感が残りやすい領域があります。そうした場所に対して、デザインの力で何か改善できないかを考えていました。
金澤
そうしたテーマに向かわれた背景には、何かきっかけがあったのでしょうか。
沼野様
中高時代に、家族や親族が病気で入院したり、在宅で看護や介護をしたりする場面が身近にあったのです。もちろん病気そのものは悲しいことですが、それに伴って、不安や不満がたまりやすい環境があることも感じていました。患者さん本人だけでなく、ご家族も一緒に気持ちが沈んでしまうことが少なくない。そうした状況に対して、デザインの力が少しでも効くのではないかと考えていたのです。
金澤
実際に、大学での取り組みにもつながっていったのですか。
沼野様
大学では複数のテーマに向き合いましたが、そのなかでも一貫して取り組み続けたのがホスピタルアートでした。大学病院が隣接していたこともあり、外に出ることが難しい小児科の子どもたちや看護師の方々が、自分たちの作品にどう反応してくれるかを直接見る機会もありました。そのときに、「使ってほしい人、気づいてほしい人にちゃんと届いた」という感覚があったのです。
金澤
大学時代の時点で、単に形にするだけではなく、その先でどう届くかまで意識されていたのですね。
沼野様
振り返ってみると、昔から、誰かのニーズを見つけて、その本質は何なのかを考え、そこに対してソリューションを打ち出して形にすることに関心があったのだと思います。大学時代の学びや実践も、その延長線上にあったのではないでしょうか。
金澤
卒業後、同級生の中には、暮らしをより豊かにするプロダクトや、遊び・エンターテインメントの領域に進まれる方も多かったのではないでしょうか。
沼野様
そうですね、本当にさまざまな方向に進んでいました。もちろん私もそうした領域に関わる機会はありましたが、自分の中でより強くやりがいを感じていたのは、困っている状態や不便な状態をゼロやプラスに持っていくほうでした。

アウトプットの先にある「問い」に関わりたい。コンサル業界、そしてNRIへ
金澤
大学時代から課題解決への関心が強かったとのことですが、就職先として、なぜコンサル業界を選ばれたのでしょうか。
沼野様
私はもともと、課題を見つけて「何を解くべきか」を考えること自体に強い関心がありました。そういう意味で、まさに課題の発見という最初期の段階からコミットするコンサルティングという仕事は、自分と相性がいいのではないかと感じていたのです。加えて、課題を指摘して終わるだけではなく、それがどうカタチになるのかという段階まで関与できるのも「コンサルティング」に感じた魅力でした。
金澤
より構想段階から関わりたいというお気持ちがあったのですね。
沼野様
はい。デザイナーとして事業会社に新卒で入社した場合、もちろん企業や役割によるとは思いますが、「プロダクト担当」「UIデザイナー」「パッケージデザイナー」といった形で、担当範囲がある程度決まっていることが多いと思います。一方で私は、個別のアウトプットだけではなく、もっと体験全体を見ながら、本当にデザインが介在するべき場所に提案したいという思いがありました。そう考えたときに、より全体を俯瞰して課題設定や構想に関われるコンサルティングファームに魅力を感じました。
金澤
その中でも、NRIを選ばれた理由はどこにあったのでしょうか。
沼野様
大きかったのは、NRIがソリューションとそれを支える基盤と運用をしっかり持っていて、「作って終わり」ではなく、お客様に使い続けてもらえるシステムまで届けられるという点でした。コンサルティングの中で考えたアウトプットが、お客様の現場でそのまま使われ、育っていく——コンサルとソリューションの両方に根を張っているのが、NRIのコンサルらしさだと感じています。
加えて、「人」の部分も大きな魅力でした。システムコンサルティング事業本部には、産業や金融といった業界軸、ITアーキテクチャやITマネジメントといった機能軸で、さまざまな専門性を持つ人がいます。そのなかで、私や私の所属する部署には、人間中心設計やUXデザインに精通したメンバーがいる。そうした人たちが、それぞれの強みを生かしながらプロジェクトを組成し、必要に応じて知識を出し合いながら課題解決に向かっていく。そのあり方に魅力を感じました。
デザインとコンサルは地続きにある。違いは「目的」ではなく「手法」
金澤
NRIに入社されてから、デザインを通した課題解決と、コンサルティングを通した課題解決に違いを感じられましたか。
沼野様
就職活動の頃から、デザインとコンサルティングは意外と近い部分があるのではないか、という感覚はありました。実際にNRIに入ってみると、その仮説はかなり的を射ていたと感じています。というのも、NRIでは構想や提言を描いて終わるのではなく、その先で実際にものを作ったり、伴走したり、さらに広げていくところまで関わっていくことが多いからです。
新人の頃、先輩によく「コンサルタントは医者と同じだ」と言われたことがありました。薬を出すだけでは治りにくくて、患者さん自身が治ろうと思い、一緒に治療していくことで、医者としての役目も全うできる。コンサルティングもそれに近いのだと聞いて、非常に共感しました。そういう環境だからこそ、デザインを通した課題解決とコンサルティングを通した課題解決は、自分の中ではかなり地続きのものとして感じられました。
金澤
その中で、違いがあるとすればどちらにあるのでしょうか。
沼野様
違いがあるとすれば、手法の部分だと思います。デザインには人間中心設計やデザイン思考のようなアプローチがありますし、コンサルティングにはロジカルシンキングのような方法論がある。課題に対しての進め方を複数持てている、という感覚ですね。
金澤
一方で、入社後に戸惑いや壁を感じることはありませんでしたか。
沼野様
目の前のお客様の課題に向き合う視点と、その先の利用者の体験や使い勝手まで見る視点のあいだで、どこに落としどころを置くのかは難しいと感じることもありました。
ただ、NRIには本当に心強い先輩や専門家がいて、何かあれば誰かしらに相談できる環境がありました。自分一人で抱え込むのではなく、専門性を持った方々の知見を借りながら進められたので、壁にぶつかっても、それが乗り越えられないものになる感覚はあまりなかったと思います。
デザイン=画面設計という誤解を超えて、NRIで挑む価値の再定義
金澤
ちなみに、お仕事を離れた場面で、デザイナーとしての目が抜けない瞬間ってありますか。

沼野様
美術館やアート/デザイン系のイベントにもなるべく足を運ぶようにしているのですが、正直に言うと、作品そのものよりも、つい別のところに目がいってしまうところがあります。
たとえば、音声ガイドをどのくらいの年齢の人が使っているのだろうとか、1つの作品の前で何秒立ち止まるのだろうとか。日本では作品の前にテープを引くのが一般的ですが、海外ではそれがなかったりする。しかし、人は作品に触らずにちゃんと止まる。なぜだろう、と。そういう人の行動の根幹となる心理や仕組みの部分ばかり気になってしまいますね。
金澤
デザインが扱う領域が広がるなかで、人の動きや仕組みまで含めて見る視点も「デザインの仕事」のうちなのだと思います。ただ、そうした広がりが社内外にうまく伝わりにくい、という難しさもあるのではないでしょうか。
沼野様
まさにそこが、難しさであり面白さでもあるところだと思います。特にNRIはシステムのイメージが強いこともあって、社内外どちらからも「デザインは画面設計の一部でしょう」と受け取られてしまう場面は、実はまだ多いです。
ただ実際には何を目指すのか、どんな体験を作るのかまで含めて、デザインは関わるものだと考えています。お客様にも、社内の別部門にも、その価値をきちんと伝えて、認識をすり合わせていく。地道な作業ですが、その過程で「デザインってそこまでやるのだ」と理解が変わっていく瞬間があって、それがこの仕事の面白いところだと思います。
金澤
沼野様がデザインの専門性を通じて、今後成し遂げたいことはありますか。
沼野様
デザインで何ができるのか、その可能性をきちんと見極めていくことだと思っています。今AIが台頭してきている中で、「デザインにはどこまでの力があるのか」を形にして、世の中に認めていただいていく。その広がりそのものが、今の自分にとって大事なテーマです。
先ほど、デザインは画面設計だけではないという話をしましたが、そこを言葉で説明するだけでなく、実際に成果として見せていく必要がある。過去の偉大なデザイナーたちがアクセシビリティやユーザビリティの指標を築いてきたように、今の時代に合った「デザインが効く場所」を、少しずつ積み上げていきたいと思っています。ただ、対象がどれだけ広がっても、根っこの部分は変わらないのかなとも思っていて。不便や不安を抱えている場所を見つけて、そこをゼロやプラスに持っていく。学生時代からずっと、そこにやりがいを感じてきたので。
金澤
幼少期からの「マイナスをゼロに、そしてプラスにしていく」という原点が、AI時代という新しいフィールドにおいても、そのまま沼野様の挑戦の軸になっているんですね。
沼野様
そうかもしれません。日々、デザインやデザイナーの価値の定義そのものが変わりつつあって、それは難しさでもありますが、同時に、未来が楽しみだと思える理由でもありますね。

2000年東京都生まれ。筑波大学 芸術専門学群にて情報・プロダクトデザイン領域を専攻。在学中はホスピタルアートに取り組み、卒業制作では酒造メーカーの廃棄ボトルを素材にランタン制作およびその活用施策の検討など、社会課題とデザインの接点を探究。
新卒でNRIに入社し、コンサルタントとUXデザイナーの二つの肩書きを持ちながら、企業のサービス・体験設計を支援。UI/UXデザインやデザインシステムの構築といった課題解決型(フォアキャスト型)のアプローチに加え、ビジョンデザインやリブランディングなど未来起点(バックキャスト型)の価値創造にも取り組む。NRI社内AIのUX設計・普及推進にも携わり、利用定着に至るまでの体験設計を一貫して担った。
AIが「道具」から「環境」へと変容する時代において、デザインの対象をインターフェース(使いやすさ)からインナーフェース(信頼・共感・倫理)へと拡張する必要性を提唱している。日本最大のデザインカンファレンス「Designship」にも登壇。



