田中哲司氏が語る、自分を守るための“鈍感力”【キャリア・ダイアログ ─ プロの仕事術 ─ vol.04】

田中哲司氏が語る、自分を守るための“鈍感力”【キャリア・ダイアログ ─ プロの仕事術 ─ vol.04】

長年にわたり第一線で活躍を続ける俳優・田中哲司さん。テネシー・ウィリアムズの名作、舞台『欲望という名の電車』ではスタンリー・コワルスキー役に挑みます。

今回のインタビューでは、新たな舞台への向き合い方を入り口に、キャリアの転機となった作品、過酷な現場で培った準備論、そして自分の心を守るための“鈍感力”について伺いました。

若い頃は足し算だった演技が、年齢を重ねる中で引き算へと変化。俳優という仕事を続ける中で見えてきた、自然体でいることの大切さとは何か。その本音に迫ります。

分岐点なき歩みと、役者を鍛えた過酷な舞台経験

――今回は舞台のお話に加えて、ビジネスのお仕事にも通じるキャリアという観点でお伺いできればと思います。長い俳優人生の中で、これは分岐点だったなと思う出来事はありますか。

分岐点というものは、特にありません。たとえば、ある作品に出て一気に売れたとか、人気者になったとか、そういうのは全くないんです。ただ、役者として少しランクアップできたと思えたのは、三好十郎さん作の『浮標』という舞台へ出演した経験です。

――どのような作品だったのでしょうか?

とんでもなく長い芝居で、ずっと長ゼリフを言って怒っているような役でした。セリフも難しいし、芝居2本分くらいあるような本当に膨大な量で。ほかの舞台がとても短く感じるほどで、やりきったときは、自分が一回りも二回りも大きくなった気がしました。

初演のときは特に大変で、稽古の3カ月前から必死でセリフを覚え始めて、本番初日ギリギリ間に合ったくらいでした。再演、再々演と重ねてきましたが、初演の緊張感はすさまじかったです。

――回を重ねるごとに慣れていったという感覚はありますか?

全く慣れないですね。2ステージがある日は見合う言葉が見つからないくらい大変でした。酸欠になって、頭が痛くなってくる。体が休めと言っている感じでした。精神的というより、肉体的にタフでした。

――今、同じ作品をやってほしいと言われたらとしたらいかがでしょうか。

絶対に嫌ですね(笑)。年齢的に無理です。あの頃だからできましたが、今はしんどすぎます。でも、歳とともにその記憶がだんだんと薄れてきています。

――その舞台への出演を経て、映像の仕事に対する向き合い方が変わったということはありますか?

映像はまた全く違って、毎回オーディションのような感覚です。セリフがバチッと入っていないと地獄を見るので。舞台は初日に向けて完璧に覚えますが、映像は9割ぐらいの状態で本番に入ることもあって、「NGを出してすみません、もう一度お願いします」となることもある。そこは舞台と違うところです。

――それ以外にも転機となった出来事や作品はありますか?

映像でこれが転機だったというのは特にありませんが、演技に対する考え方は年齢とともにものすごく変わってきていると思います。

――具体的に、どのように変化したのでしょうか?

引き算が多くなりました。若い頃は、これもやろう、あれもやろうと、足して足してという感じでした。でも今は、周りがやる部分は任せて、自分はここだけをやるという意識になったといいますか。作品の中の1つの駒であろうとするようになりました。舞台も同じ感覚です。

――その変化は、いつ頃から感じ始めたのでしょうか?

徐々にという感じです。若い頃の自分の演技を見るのも本当に嫌ですし、今も自分の演技はなるべく見ないようにしています。

――オンエアもあまりご覧にならないのでしょうか?

ほとんど見ないです。感想を言わなければいけない取材などがあれば見ますが、それ以外は基本見ません。それも自分の演技というよりは、あのロケ現場で成立しているのかなと気になる時に確認するくらいです。

断る勇気と完璧な仕込み――プロとしての覚悟

――逆にこれまでのキャリアの中で、大きな失敗だったと思う出来事はありますか。

失敗はたくさんありますが、特に映像の現場で多いです。大丈夫だと思っていたら、セリフがちゃんと入っていなかったといった地獄は何度も見ています。そういうことがあってから、セリフはきちんと入れていくようになりました。

――具体的な現場でのエピソードがありましたら聞かせてください。

ドラマ『緊急取調室』に出演していた時に、配信でスピンオフのドラマがあって。僕が取り調べをする役だったのですが、セリフが莫大な量で。それを3日後に撮ると言われて、スケジュール的に無理ですと断りました。

多分、若い頃なら大丈夫ですと受けていたと思います。入れようと思えばセリフは入るかもしれませんが、ちゃんと入れられる自信はありません。それに、セリフを言えたというだけで終わるのは嫌なのです。ちゃんと楽しく演技をしたいですし、そのためには完璧に入れておかないといけない。

――ちなみに、セリフを覚えるコツなどはあるのでしょうか?

たくさんありますよ。まずは一度、とことん覚えて明日が本番でもいけるというところまでやる。それから1回やめて、別の作品を覚える。漬物みたいな感じで、漬けておいて、前日に取り出して、また塗り込む。そうすると完璧になります。

――そうすると、やはり3日では難しいということなのですね。

そうですね。量にもよりますが、だいたい1週間くらいはほしいです。

――その失敗から学んだことはありますか?

準備をちゃんとしないと楽しく仕事ができない、ということに気づきました。それが一番大きかったです。

――舞台と映像で準備の仕方は違うのでしょうか?

若い頃の舞台は、稽古をしながら覚えるスタイルでした。でもそれだと、本を持って覚える作業を稽古場でやるのがもったいないと感じるようになって。貴重な現場なので、今はなるべく初日に入れていくようにしています。

ただ、今回の作品は台本がまだ変わっているので(取材時)、あえて入れていません。固まってから一気に入れるつもりです。

――映像のように寝かせることはあるのでしょうか?

舞台は寝かせることはないです。休ませないで、同じセリフを何度も何度も繰り返すので、映像とはやり方が違います。

――失敗を重ねた後は、同じような経験をすることはなくなりましたか?

いえ、それでもやっぱり間に合わないことはありました。でも、そういう経験があったからこそ、この間は断れたのだと思います。

若い頃なら多分、「大丈夫です」と言っていましたが、今はしっかりと準備して、楽しく演技ができる状態で現場に立ちたい。そのために断ることも必要だと思えるようになりました。

“鈍感力”とは何か――自分の心を守るための選択

――他媒体のインタビューで、「周囲に流されない鈍感力」についてお話しされていましたが、ご自身にとっての“鈍感力”とは何でしょうか?

改めて考えると難しい。ただ、「自分の心を守るためのもの」という感覚はあります。

昔はプレッシャーで押しつぶされそうになることもありました。あまりにも敏感すぎると、精神が持たないです。鈍感の反対、過敏とかそういう状態だと、多分続けられないと思います。

――「自分を守るための鈍感さ」ということでしょうか?

そうですね。僕が自分の出演作を見返さないのも、その1つです。見ると、なんであの時ああしたのだろうと、どんどん傷ついていくので。それをわざわざ自分の中に入れたくない。だから撮影が終わったら、あとは監督と視聴者の方たちに委ねます。

――気になってしまうからこそ、あえて見ないということなのですね。

そうだと思います。ものづくりをしている人は、みんな少なからず気になるのではないでしょうか。それに耐えられる精神力を持っている人もいると思いますが、僕には無理です。積み重ねるときついので。

――俳優仲間の方も、オンエアを見ないという方はけっこういらっしゃるのでしょうか?

あまり聞かないですが、他の方はけっこう見ているのではないでしょうか。自分が出た番宣のバラエティも、見たら絶対に反省だらけになると分かっているので、絶対に見ないです(苦笑)。

――ご自宅でテレビをつけることもないのでしょうか?

うちはテレビを全く見ないんです。子どもにテレビを見せないようにしようと始めたのですが、そのまま日常になってしまって。今流れているCMも何も分からないです。

――ご自身が出演されていない作品をご覧になることはあるのでしょうか?

自分以外の配信作品は見ますし、舞台も見に行きます。自分の映像を見るよりも、他の人の作品を見ている方がいい。「自分を守るための鈍感さ」という意味では、それが僕のやり方なのだと思います。

翻訳劇ならではの創作現場――台本を練り上げる稽古の日々

――3月からは、舞台『欲望という名の電車』に出演されますが、現在の稽古状況や取り組みについて教えてください。

今はまだ台本づくりの段階で、みんなで本読みをしながら、セリフを少し変えてみたりしている状況です(取材時)。今回、翻訳を手がけているのがG2さんなので、言いづらい部分があれば相談して、調整してもらったりもしています。

日本の作家さんの作品だと、基本的に一言一句変えないのですが今回は翻訳劇なので、言いやすいように変えられる余地がある。本当にいい時間だと感じています。

――本作では、スタンリー・コワルスキー役を演じられます。公式サイトでは、「自分にしかできない、何か、を探しながら稽古に取り組みたい」とコメントされていましたが、役をつかむために、どのような作業をされていらっしゃいますか。

今は、とにかくいろいろなパターンで読んでいます。まだ本読みの段階なので、可能性を試している感じです(取材時)。スタンリーとして粗野な部分は出さないといけないのですが、それ以外の側面も出せる余地があるのではないか、と探っているところです。

たとえば、人間的な可愛さとか。まるっきりの悪人としてつくるのではなく、スタンリーにはスタンリーの事情があって、こうなってしまったという背景があるはずなので、多様性のある人間像をつくれたらいいなと思っています。単純な悪者にしたくはないので、今はそのあたりを模索しているところです。

――台本を最初に読んだときに、特に難しいと感じた部分はありましたか?

やはり妻のステラとの関係性が、難しいと感じました。夫婦ですし、子どもが生まれるという設定もあるので。その関係性を丁寧につくらないといけない、と本読みをしながら感じています。

(篠井)英介さん演じるブランチとの関係は、ある意味分かりやすいです。彼女は新しく入ってきた存在で、不協和音のようなものなので、素直にぶつかっていけばいい。でもステラとは長い時間を共有してきた夫婦なので、土台をきちんとつくっておかないと、ブランチとの対立構造が弱くなってしまう。なので、まずは夫婦関係をしっかり築くことが大事だと思っています。

人からどう見られるかより、ありのままを大切に

――もし20代の自分に一言かけるとしたら、どんな言葉をかけますか。“やるべき”より“やらなくていいこと”を教えてください。

あまり格好つけなくていいよ、と言いたいです。20代だと、人からどう見られているかということをやっぱり気にするので。たとえば眉を整えたりとか、ちょっとでも良く見られたりしたいとか。そういうことは、もうやめなさいと言いたいですね。

無理して自分にない恰好いいことを言おうとすると、どこかでバレますし。だから、ありのままを出しなさい、と。

――若い頃のインタビューでは、そういった記憶が?

僕はもともと話すのが得意ではないので、変なことをすると余計にボロが出る。だからこそ、「自然体でいいよ」と20代の自分には言いたいです。

プロ意識に縛られない――迷いながらも続けてきた俳優人生

――今回は業界のプロフェッショナルにお話を伺う企画なのですが、“俳優として一番大切にされていること”は何でしょうか。

ありきたりですが、“健康”です。元気でなくてもいいですが、とにかく現場に行ける状態でいること。現場に行けさえすれば、なんとかなる。でも行けなかったら問題が発生するので、最低限の健康は大事にしています。

――それ以外にも意識されていることはありますか?

あまり自分をプロだと思いすぎないことです。演技のプロだと思うと、どうしてもプライドが生まれる。もちろんプライドは大切ですが、それに縛られすぎるのも違う。たまたま役者になっただけ、という感覚はどこかにあります。今でも、向いているのかなと思うことがありますし。

――長く俳優活動をされてきて、本気でやめようと思ったことはあるのでしょうか?

30歳になって食べられていなかったらやめようとは決めていましたが、多分心のどこかでは続けるつもりだったと思います。30歳でなんとかギリギリ大丈夫だったのかなと。でも今でも、向いてないのではないかと思うことはあります。

――それでもここまで続けてこられた理由は、何だったのでしょうか?

明確な答えはわからないです。いろいろとフラフラしてきた結果、ここにいる感じです。今でも、他の職業だったらどうだったかと思うことはあります。

――俳優でなければどんな職業に就いていたと思いますか?

大変な仕事ですが、造園業でしょうか。でも、陶芸家の方を見ると陶芸もいいなと思ったりもしました。陶芸は、土をこねるときに空気を抜く菊練りという練り方があるのですが、それができなくて挫折したことがあって。もしそれができていたら、二足のわらじ的にやっていたかもしれないです。

――これから先、別の道と並行して、という可能性はあるのでしょうか?

今は役者だけで目一杯です。だからこそ、健康でいること。あまりプロ意識に縛られすぎないこと。そしてカッコつけず、自然体でいること。それが、今の自分なりのスタンスなのだと思います。

――これまで俳優業を続けてきてよかったと感じた瞬間はありますか?

この間、同窓会があったのですが、みんなが出演している作品を観たことを嬉しそうに話してくれるんです。ああ、続けてきてよかったなと思いました。

画面の向こうの人たちがどう思っているのかは分かりません。ただ、同級生はすごく喜んでくれている。担任の先生も本当に喜んでくれていて、それがすごく伝わってきたのです。

――最後に、本記事の読者であるビジネスパーソンの方々へ向けて、メッセージをいただけますか。

ビジネスのことは正直よく分からないのですが、若い方に言うとしたら、「あまり早く決めすぎない方がいい」ということでしょうか。

20代は、挫折もどんどんしていいですし、いろいろなことをやってみていいと思います。僕も最初、ミュージシャンになりたくて、ベーシストを目指して東京に出てきたのですが、自分がとんでもなく下手だと気づいて、これは無理だなと。

その時に、役者もいいかもしれないと思って。ほかにも、絵描きや物書きも選択肢にありましたが、たまたま大学の演劇科に受かったので続けているだけで、本当に紙一重だったと思います。

いろいろな間違いを繰り返しながら、自分が本当にやりたいことを見つけていけばいい。早いうちから1つに決めなくてもいいのではないかと思います。

あくまで僕の考えですが、若いうちは迷ってもいいし、失敗してもいい。その中で見えてくるものがあるのではないでしょうか。


撮影:Jumpei Yamada

田中哲司 俳優

2015年『REDレッド』で第50回紀伊國屋演劇賞個人賞を受賞。舞台のみならず映画「緊急取調室 THE FINAL」「ドールハウス」、ドラマ「SPEC(TBS)、「緊急取調室」シリーズ(EX)、大河ドラマ「豊臣兄弟!」など映像作品にも多数出演。20263月より舞台『欲望という名の電車』への出演が控えている。

『欲望という名の電車』

作:テネシー・ウィリアムズ
翻訳・演出:G2

出演:
篠井英介 田中哲司 松岡依都美 坂本慶介
宍戸美和公 森下 創 ぎたろー 平井珠生 松雪大知 吉田 能

【東京公演】
2026年3月12日(木)~22日(日)
東京芸術劇場シアターイースト

【大阪公演】
2026年4月4日(土)~5(日)
近鉄アート館

公式サイト:https://yokubou2026.com

主催・企画製作:吉住モータース

Brand ブランド紹介

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