「アート思考」に潜む誤解──ビジネスマンがアーティストから本当に学ぶべき「3つの要素」/株式会社エディット 深井厚志氏【EDGE】

「AIが創造力を奪う」——そんな懸念が語られる一方で、株式会社エディット代表取締役の深井厚志氏は「人類は価値創造に特化した種へと進化していく転換点にある」と語る。
美術専門誌の編集者からコンサルティングの世界へ、そしてアートと社会経済を結ぶ事業へ。その経験を通じて見えてきたのは、効率化と最適化が行き詰まりを見せる社会において、学ぶべきはアーティストの「生き方」そのものだということだった。
看板を背負う覚悟、数千年の時間軸、世界を反転させる視点——ビジネスパーソンがいま取り戻すべき創造性の核心に迫る。
※【EDGE】シリーズ:
変化の最前線にいる実践者が語る、まだ多くの人が気づいていない洞察。次の時代を読み解くヒントを届ける。
Index
アーティストに学ぶ、覚悟・時間軸・視点の自由
アクシス
2020年以降、ビジネス界では「アート思考」が急速に注目されるようになりました。アーティストのように創造的に生きるには、ビジネスパーソンは何から始めればいいでしょうか。
深井様
正直にいうと、「アート思考」という言葉には少し違和感があります。アーティストやアート産業に従事する多くの方は「アート思考」という言葉に同様の反応を示すように思います。そもそもアートを“思考法”としてのみ扱うことは過小評価で、アートが持つ潜在的な力を取りこぼしてしまう。一人の人間として、この世界とどう関わるかという根本的な“生き方”や“態度”そのものが、アートの本質です。そのもとに、個々のアーティスト独自の思考法や方法論が備わっていくわけなので、教科書通りの「アート思考」などないのです。そのうえで、アーティストの職能やスキルセット、視点のずらし方などを学び取ることは、アーティスト以外の方でもできると思っています。それによって、社会の見方や経済の捉え方、仕事の起こし方そのものに変革が起こせるはずです。
私自身アートの世界に長く身を置くなかで感じた、アーティストから学べることを3つ挙げたいと思います。
1つ目は、看板を背負う覚悟。
アーティストは、みずからの手で生み出した作品一つひとつが、自分の評価そのものになる世界で生きています。誰かと同じような作品をつくってもいけないし、凡庸な作品であればその瞬間に“看板”が傷つく。数値も指標もなければ、いわゆる”ニーズ“もない、誰に求められて作家をやっているわけでもないし、評価が追いつくのは100年後かもしれないというなかで、自分の信念と名前を背負いながら表現を続けなければなりません。
いっぽうでこの覚悟は、私は起業家にも通じるものだと思います。自ら事業を立ち上げ、資金を集め、社員や顧客の人生を背負って挑む。どれだけのビジネスパーソンが、同じスケールで自分の名前を懸けているか。その問いを突きつけられる気がします。
2つ目は、時間軸の長さです。
アーティストは短期的な成果ではなく、数千年にわたる人類の文化と芸術の歴史を見つめ、その壮大な流れの突端に立って、自分はこの歴史をどう更新できるのかと挑み続けているのです。ビジネスでいえば、四半期や年度といったスパンではなく、「この事業は100年後に何を残すのか」という問いに置き換えられるはずです。そうした長期的なスケール感で物事を捉える姿勢こそ、アーティストたちに通底する特徴だと思います。
そして3つ目は、視点の柔軟さと大胆さ。
アーティストは、既成概念や固定観念に縛られず、自分の中から新しい解を導き出し、社会に提示します。
たとえば、赤瀬川原平の『宇宙の缶詰』という作品。市販のカニ缶のラベルを剝がして内側に貼り直して再び封をした作品なのですが、ラベルが内側にあるということは、“缶の中が外(宇宙)”であり、“外にいる私たちが缶詰の中”になるわけです。
世界の構造そのものを一瞬で反転させてしまうような発想力に、私は衝撃を受けたのです。「世界はこうとも見える」と言い切る勇気。それがアーティストのひとつの職能であり、VUCAと言われて久しいこの時代に切り込むビジネスパーソンに必要な資質でもあると思います。
※参考:千葉市立美術館「赤瀬川原平の芸術原論 1960年代から現在まで」
https://www.ccma-net.jp/wp-content/uploads/2021/09/vol73.pdf
アクシス
確かに、ビジネスにおいても発想の転換を促すような力がありますね。
深井様
そう思います。美術館でアート作品の前に立ち、「この作品は何を問うているのか」「自分は何を感じ取ったのか」と考えることは思考の訓練になります。 それだけでも、世界の見方は少し変わるはずです。
起業家にアートをコレクションする方が多いのも、趣味や投資だけではなく、アートが“新しい視点をもたらしてくれる”ことを知っているからなのでしょう。アートは、飾るためのものだけでなく、自分の思考を鍛えるための道具。それをビジネスの現場に持ち込めるかどうか。そこに、これからの時代の創造性がかかっているのだと思います。

ノーベル経済学賞が示す時代の兆し。90年代の「創造的破壊」が2025年に再評価された理由
アクシス
多くの企業やビジネスパーソンが「アート思考」や「創造性」を求めるようになった背景には何があるとお考えですか。
深井様
大きな転換点になったのは、コロナ禍だと思います。あの出来事で一時的にビジネスが止まっただけでなく、それまでの社会の構造そのものが機能しなくなりましたよね。私たちは、「資本主義の延長線上にはもはや未来を描けないのではないか」という現実を突きつけられたのだと思います。
これは一過性の混乱ではなく、もっと長いスパンで見れば“歴史のうねり”のひとつなのです。人類史を振り返ると、私たちは常に同じ循環を繰り返してきました。イノベーションが生まれ、新しい価値体系が構築され、それが制度やシステムとして定着し、やがて最適化と効率化が進む。すると安定と引き換えに、少しずつ停滞が始まり、やがて破壊が訪れ、そこからまた新しい創造が生まれていく。今はまさに、その循環の「破壊と再生」のタイミングにあると思っています。
今年のノーベル経済学賞のテーマも“創造的破壊”でしたよね。90年代に登場した古典的な概念が2025年に改めて評価されたという事実そのものが、時代の兆しを表していると思います。
重要なのは、「創造」は常に“破壊の先”にあるということ。既存の延長線上でのイノベーションではなく、徹底的に打ちのめされ、これまでのやり方が通用しないという現実を突きつけられた時に初めて、人は「このままでは駄目だ」と気づき、創造の意識へと向かっていくのです。
だから、コロナ禍以降に企業がアートやアーティストに関心を持ちはじめたのは、ごく自然なことなのです。社会全体が「行き詰まり」を実感したからこそ、これまでの効率や合理性ではなく、“新しい価値をどう生み出すか”という創造の原点に立ち返ろうとしている。その文脈で、アートが持つ価値創出の力が再評価されているのだと思います。
「AIが”創造力”を奪う」は誤解。人類は「価値創造を担う種」へと進化する
アクシス
今お話しいただいた“最適化の行き詰まり”という文脈で考えると、AIの存在も象徴的ですよね。AIの進化は、創造性にどのような影響を与えているのでしょうか。
深井様
そうですね。AIはすでに私たちの生活のかなり深いところまで入り込み、いまやAIに関わらない日はほとんどありません。最適化や効率化の領域では、AIの方が人間よりも優れている。けれど、AIにはできない判断があります。それが「定性的な価値判断」です。
たとえば、AIは「赤と緑、どちらが売れるか」は分析できますが、「どちらが美しいか」「どちらに心が動くか」は判断できない。そこにこそ、人間にしかできない仕事がある。感性や経験、直感といった判断の質を伴う領域は、AIには代替されないと思いますね。
アクシス
とはいえ、AIが進化することで「人間の仕事が奪われていくのではないか」という不安も根強くあります。こうした見方についてはどうお考えですか。
深井様
私は少し違う見方をしています。歴史を振り返れば、いつの時代も新しい技術が登場するたびに、古い技術を扱う職人たちの仕事は失われてきました。でも同時に、人はその変化を受け入れ、別の形で新しい仕事を生み出してきた。技術が進化するたびに、それを扱う人間のスキルや創造性も進化してきたのです。
つまり、人類とは技術とともに変化し続けてきた生き物なのだと思います。その意味で、AIの台頭は人間の役割を奪うものではなく、人間を“新しい価値を創り出すことに特化した存在”へと進化させるきっかけになる、と言ってみたい。私は、人類が「価値創造を担うスピーシーズ(種)」へと進化していく転換点にいるのではないかと感じています。
アクシス
なるほど。むしろ「創造する力」がより問われる時代になると。
深井様
そうですね。AIによる効率化が進めば進むほど、人間が担うべき領域は“創造”に特化していくと思います。もちろん、一時的にはディストピアのような時期が訪れるかもしれません。産業革命の時も、すぐにすべての人の生活が豊かになったわけではなく、過渡期には多くの人が仕事を失い、困難な時代を経験しました。AIも同じで、既存の仕事や仕組みが壊れる「破壊のフェーズ」を経て、次の創造へと向かう。でも、そうした痛みの中からこそ、新しい価値や産業が芽吹いていくのです。
アクシス
芸術の世界においても、その変化は起こるのでしょうか。
深井様
アートの世界も、やはりその流れの中にあると感じています。絵を描く、彫刻をつくるといった行為の表層、誤解を恐れず言えばアートの「産業的な側面」は、AIがやがて代替していくこともあろうと思います。AIにも「ものをつくる」ことはできるわけですから。けれど、私が関心を持っているのは、「その先でアーティストその人が何をするのか」という点です。
芸術の歴史を見れば、アーティストは常に既成概念を壊し、誰も想像しなかった新しい表現を編み出してきました。つまり、芸術とは進化そのもの。だからこそ、AIが台頭しても、アートはむしろ次の創造段階に進むと思っています。
たとえば、アーティストの岸裕真さんは、AIを「Artificial Intelligence(人工知能)」ではなく、「Alien Intelligence(異なる知性)」と呼んでいます。AIを人間の模倣やツールではなく、まったく異なる存在、宇宙から来たかのような、“異なる知性”として対話する。その発想こそがアーティストとして象徴的ですよね。AIを敵でも道具でもなく、“未知のパートナー”として扱うことで、人間はより創造的な領域へ踏み出すことができるのだと。
何か新しいことを編み出そうとする。その態度こそが、アーティストから学ぶべき最も重要な姿勢だと思います。それは芸術の世界だけではなく、経営やビジネスの現場にも通じます。 既存の“正解”を疑い、まだ誰も見たことのない価値を生み出そうとする。その行為こそが「創造」であり、これからの時代を切り開く原動力になるはずです。
※参考:岸 裕真 Yuma Kishi – √K Contemporary
https://root-k.jp/artists/yumakishi/
後編はこちら:
アートは経営のアクセサリーではなく「エンジン」──“創造的破壊”時代の文化資本経営論/株式会社エディット 深井厚志氏【EDGE】

1985年生まれ。英国立レディング大学で西洋美術史・建築史を学び、帰国後は美術専門誌『月刊ギャラリー』、『美術手帖』編集部を経て、公益財団法人 現代芸術振興財団(前澤友作氏設立)で展覧会企画などを担当。その後、株式会社井上ビジネスコンサルタンツでアート関連のコンサルティングに従事しながら、一般財団法人カルチャー・ヴィジョン・ジャパンにも参画し、産官学と文化芸術の共創に取り組む。
2024年2月、株式会社エディットを設立。「戦略的・創造的編集による芸術の生態系のアップグレード」をミッションに掲げ、企業・自治体・芸術団体向けの戦略コンサルティングおよび活動支援を展開。エイベックスの「MEET YOUR ART」や三菱地所との有楽町エリアマネジメント「YAU」など、アートを起点とした新しい価値創造に取り組んでいる。
会社ホームページ:https://www.aedit.co.jp/


