アート部はなぜ生まれ、何を変えたのか──NRIアート部という「社内サードプレイス」の実験【EDGE】

アート部はなぜ生まれ、何を変えたのか──NRIアート部という「社内サードプレイス」の実験【EDGE】

「アート部があるから入社を決めた」
「親に、ようやく本当の自分を見せられた気がする」

野村総合研究所(NRI)のシステムエンジニア、花崎徹治氏は、 25年間にわたり社会の基盤であるITインフラを支えてきた人物だ。その花崎氏が、2020年に立ち上げたのが社内クラブ活動としての「アート部」である。

業務外で、非収益。人事評価とも直接結びつかない。それにもかかわらず、1万人を超える巨大組織の中で、個人の選択や人生に影響力を与えている。

なぜ、こうした場が必要とされたのか。

その背景には、論理や効率だけでは説明しきれない問いを抱え続けてきた、一人のエンジニアの思考があった。

【EDGEについて】
ビジネスの最前線にいるプロフェッショナルでさえ、その輪郭を捉えきれていない──。EDGEでは、まだ言語化されていない「知」に光を当てる。既存のフレームワークでは説明しきれない思考、従来のビジネス文脈では見過ごされてきた視点。そうした「これから重要になる何か」の正体。

花崎徹治というキャリア。「100%」を求められる仕事の裏にある、見えない葛藤

金澤
花崎さんはNRI(野村総合研究所)の中で、25年間にわたりキャリアを築いてこられました。まずは、ご自身のキャリアについて教えてください。

花崎様
私は2002年に入社して以来、一貫してITシステムの世界にいます。NRIというとコンサルティングファームのイメージが強いかもしれませんが、実際にはシステム事業も大きな柱です。私はその中で、ITインフラの領域を担当してきました。

普段はあまり意識されませんが、ITインフラが止まると社会に影響が出てしまう。電気や水道に近い仕事だと思っています。サーバーやネットワークといった、システムの土台の設計や運用、監査をするのが主な仕事です。

金澤
社会インフラを支える仕事は、失敗が許されない、非常にストイックな世界ですよね。

花崎様
そうですね。1%でもミスをすれば、社会に迷惑をかけてしまう。そのプレッシャーの中で、常に安全・安心を維持し続けなければなりません。日々、確実に仕事を積み重ねていくからこそ、モチベーションをどう保つかは、正直ずっと難しいと感じてきました。そうした問いが、後に「人をどうモチベートするか」を考えるようになり、アート部を立ち上げるきっかけの1つになっていったのだと思います。

花崎様

「ワンルーム」に閉じ込められた時間への危惧、アート部誕生へ

金澤
そのようなキャリアを歩まれてきた中で、2020年というタイミングで「アート部」を立ち上げた背景は何だったのでしょうか。

花崎様
やはり、コロナの影響が大きかったですね。当時、多くの企業と同様に、フルリモート体制になり、それまで当たり前だった、仕事終わりに街に飲みに出て気分転換をするといったことが一気にできなくなりました。特に、一人暮らしの社員の場合、ワンルームで、雑談もないまま、机とキッチンを往復するだけの日々になってしまって。

そうした状況の中で、オンラインでも何かできることはないかと考えるようになりました。アートの楽しみに触れることで、少しでもモチベーションにつながるのではないか。そう思ったのが最初のきっかけです。

その後、2020年4月に全社向けにアート部の立ち上げを宣言し、「この指とまれ」という形で参加を呼びかけました。そして同年10月から毎月1回のペースで、サロン形式のイベントを企画しています。

金澤
最初は何名集まったのですか。

花崎様
最初は5名でした。システムの会社ではよくあることですが、日本の教育では理系を選ぶとアートや音楽、文化に触れる機会が少なくなりがちです。そのため、本当はそういうものが好きでも、「意識が高い」と言われたり、「アートはよく分からない」と距離を置かれたり、詳しさを競うような空気になってしまったりして、素直に好きなものを語りにくい場面もあります。

しかし、業務を通じて、会社の中には本当に面白い人たちがいることはわかっていました。だからこそ、そういう人たちが思いきり話ができる場をつくりたいと思ったんです。

花崎様

※花崎様が主催の一人として関わる丸の内アート部(@三菱地所)の様子。業界を超えて、さまざまなアート好きが集っている。

NRIアート部とは「肩書き」を剥がすためのプラットフォーム

金澤
改めてお聞きしますが、NRIアート部とはどのような場なのでしょうか。

花崎様
本社公認ではありますが、あくまで業務外のクラブ活動です。評価や収益とも直接は結びついていません。部署や役職、グループ会社、国内外といった枠を越えて、社内の人たちがフラットにつながるための、プラットフォームのような場だと考えています。

金澤
入部にあたって、条件はあるのでしょうか。

花崎様
厳密な条件はありませんが、あえて言うなら2つだけです。「アートを愛する心」があることと、「相互尊重」。アートに詳しくなくても、絵を描いたり、美術館に通ったりするタイプでなくても、興味があればゆるくつながっていける場所にしたいと思っています。

アートというと、絵画や美術館を思い浮かべる方も多いかもしれませんが、アート部で考えているアートは、もっと広いものです。音楽、映画、建築、ファッション、科学。物理や宇宙、スポーツ、格闘技だっていい。極端に言えば、毎日のルーティンワークでさえ、アートになり得ると思っています。

金澤
かなり幅広い捉え方ですね。

花崎様
そうですね。アートというと、ゼロから何かを生み出すものだと思われがちですが、実際には、過去の表現や歴史を受け継ぎながら、それを問い直し、壊し、新しい意味を与えてきたものもあります。

大切なのは、そこにコンセプトがあるかどうか。社会をどう捉え、自分なりに何を感じたのか。それを、自分の言葉や表現で差し出せているか。私は、そうした態度そのものを、アートだと考えています。

花崎様

「好きを語ってもいい」場を、どう設計するか

金澤
現在メンバーは100名を超えているとのことですが、アート部を運営する上で、特に大切にしていることは何でしょうか。

花崎様
モットーとして掲げているのは、「アートを通じて人生を豊かにする」ということです。たとえば、目の前の仕事をずっとこなして、定年を迎えたあとに「本当は何をやりたかったんだろう」と後悔する人生よりも、自分が本当に好きなことを大事にしながら、それが仕事にも人生にも少しずつ反映されていく。そういう在り方が理想だと思っています。

金澤
花崎さんの場合は、ファッションがその1つですよね。

花崎様
そうですね。今日の胸元には、アーティスト青山悟さんの「肖像画バッジ」をつけています。

そして、今日身に着けているものは、ジャン=ポール・ゴルチエの過去のコレクションに着想を得たものです。いわゆる「おしゃれ」というよりも、ゴルチエがかつてランウェイで提示したスタイルを、そのまま身にまとうことが好きなんです。

10代の頃から、男性性としてスカートを履くことの格好よさを、もっと伝えたいと思ってきました。私にとってファッションは、一番身近なクリエイティブの源です。朝起きて、何を手に取るか。その選択自体が、すでに自己表現だと思っています。

もちろん、社会にはルールもあります。たとえば日本企業の中には、服装に関して「職場ではデニムはNG」といった決まりごとを設けているところもあると感じています。でも、なぜそうなっているのかを深掘りしていくと、労働者階級の服装だといったステレオタイプが、無意識のうちに受け継がれている場合もある。ファッションは、そうした前提を考え直す1つのきっかけにもなる。自由に考え、深く考えることが、文化や歴史につながっていくと思いますね。

金澤
自分の選択を振り返ることで、新たな発見にもなりそうですね。

花崎様
そうですね。ただ、多くの人は、社会人になり仕事を始めると忙しさを理由に、昔好きだったことから距離ができてしまう。会社員になると、どうしても組織としての発信が前に出て、自分自身のことをプレゼンテーションする機会は少なくなります。実際、自分のことを語った経験がほとんどない人も多いと思います。

だから、アート部では「自分のことを話す場」を意識的につくっています。たとえば、年間400本の映画を見ている社員がいれば、その人に思いきり映画の話をしてもらう。なぜそこまで見続けているのか、どのような作品に心を動かされてきたのか。そこに他の人からのフィードバックが返ってきて、内面が少しずつ深掘りされていく。それがすぐに仕事の成果につながるとは限りません。けれど、回り回って、仕事にも人生にも影響していく。このようにフィードバックし合うことで人生が豊かになるのではないかと思いますね。

花崎様

組織の内側で起きている、静かな変化。つながりと言語化が生むもの

金澤
お話を伺っていると、いわゆる「ワークライフバランス」とも少し違う印象を受けます。時間を区切ることよりも、自分が何を大切にしていて、どう時間を使いたいのか。そこに向き合うことで、結果的に仕事も楽しくなる。そのバランスこそが本質なのかなと感じました。

花崎様
最初から、そこまで意図していたわけではないんです。ただ、続けているうちに、確かにそういう側面はあるなと感じますね。

アート部では、オンラインを基本にしています。拠点が国内外に分かれていたり、介護や育児があったり、業務の都合で移動が難しかったり。そうした制約の中でも参加できる形を考えると、オンラインが一番しっくりきたんです。帰りの電車で、耳だけ参加する人もいますし、あとから録画を見る人もいる。「全部出なければならない」場にしないことは、意識してきました。

そんな中で、特に印象に残っている言葉があります。「アート部の活動を、親に見せたい」と言ってくれた人がいたのです。その人は「ようやく自分を見せられる気がする」とも。会社のクラブ活動が、そこまで人の人生に触れるとは、正直、想像していませんでした。親に対して「自分が何を大切にしているのか」を話す機会は、大人になるほど少なくなっていく。そのきっかけの1つになっているとしたら、続けてきた意味はあるなと思いますね。

金澤
アート部の存在が、組織の中にも変化をもたらしている実感はありますか。

花崎様
業務外の部活動なので、数字で示すのは難しいです。ただ、感謝の言葉をもらうことは本当に多いですね。「アート部があるから入社を決めた」という話を聞いたこともありますし、業務を超えたコミュニティに触れることで、「入社してすぐ、組織の中にはどんな人がいるのかを知ることができて安心した」という声もあります。また、仕事上の利害関係がないからこそ生まれる、横や斜めのつながりもある。それは、転職やキャリアの節目で誰かに相談したいときにも、支えになっていると感じます。

金澤
花崎さんご自身にとって、この活動はどんな変化をもたらしましたか。

花崎様
「リベラルアーツ通信」を続けていることですね。毎週金曜日に配信していて、回数も250回を超えました。書き続ける中で、自分の中にある考えや違和感を、言葉にして整理する時間が増えました。

会社の文化や歴史、アートや表現について考えることは、同時に「自分は何を見て、何を感じているのか」を問い直す作業でもあります。誰かのために発信しているようでいて、実は自分自身の思考を深く掘り下げている。言語化を重ねることで、自分の輪郭が少しずつはっきりしてくる感覚があります。続けることには、思っていた以上の力があると感じますね。

花崎様

後編はこちら:
なぜ今、ビジネスにアートなのか──虚数的発想・分からなさ・人間性【EDGE】

花崎徹治 様 株式会社野村総合研究所

株式会社野村総合研究所 エキスパートテクニカルエンジニア。2002年入社以来、ITインフラの設計・運用・監査を担い、社会基盤を支える仕事に25年以上従事。コロナ禍を機に2020年、社内クラブ活動「NRIアート部」を立ち上げ、現在100名超が在籍する。「アートを通じて人生を豊かにする」をモットーに、部署や役職を越えたフラットなコミュニティを運営。

Writer 著者情報

金澤 優香
アクシスコンサルティング株式会社

大学では心理学を専攻し、学びを深めるためイギリスの大学への留学も経験。卒業後は大手住宅メーカーで営業職に従事し、その後はアパレルメーカーで新規事業の立ち上げにも携わった。現在はアクシスコンサルティングでAXIS Insightsの運営を担当。人のキャリアや生き方、その背景にある価値観に関心を持ち、企画や発信を通じて多様な選択のあり方を届けている。プライベートでは犬を飼っており、サウナとゴルフが好き。

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