4回の起業を経験。
「新しいことに挑戦することがライフワーク」

織田島様

2015年に『T-TIME』を設立した織田島哲哉氏。26歳の時に初めて起業し、『T-TIME』が4社目の起業になるそうです。起業経験だけでなく、『ライブドア』での勤務経験や、事業売却、MBA取得、海外留学など貪欲に経験を積んでこられた織田島氏に“はたらくこと”についてお話を伺いました。

目次
  1. 「自分にサラリーマンはできない」と思い、26歳で起業
  2. MBA取得の収穫は、自分の強みを再認識できたこと
  3. NYでビジネスパートナーと出会い『T-TIME』を設立
  4. 新しいことにチャレンジし続けることがライフワークと考えている
  5. 「悩んでいるなら、やってみたらいい」やりながら考えることが重要

「自分にサラリーマンはできない」と思い、
26歳で起業

アクシス
まずは、織田島様のご経歴からお伺いします。

織田島様
新卒でウェブサイトの制作やディレクションをおこなうベンチャー企業に入社し、ディレクション業務に携わっていました。

2年ほど在籍していましたが、ITバブルがはじけて下火になり、取締役ですら辞めていくような状況になったため、転職することに。

次に入社したのが広告代理店です。そこでもウェブのコンサルティングやプランニングに携わっていましたが、その会社があまりにサラリーマン気質で、前職とのギャップに驚き、自分にサラリーマンはできないのではないかと思いました。

1社目の会社ように、自由で同年代の人が多い賑やかな雰囲気の会社を作りたいと考え、26歳の頃にウェブのプロデュース、プランニングをメイン事業とする『モボモガ』という会社を設立しました。

アクシス
ウェブのプロデュースというのは、ウェブの制作側とクライアント側の間に立って全体のディレクションをするイメージでしょうか?

織田島様
そうです。クライアントの要望を聞き、ウェブの設計・コンテンツの企画提案・プランニングをし、それが通れば受注できます。

デザインやライティング、システムに関しては、知人や付き合いのある会社にお願いしていました。徐々にデザイナーを増やしたりライターを入れたり、という形ではありましたが、基本的には自分がいればプランニングを回せていました。

アクシス
『ライブドア』にも在籍されていたと伺っていますが、独立後、入社されたのでしょうか?

織田島様
はい。独立後は1人で会社を運営していましたが、良い時、悪い時と業績に波がありました。生活していくのも大変だと感じていたときに『バガボンド』という会社に採用していただき、入社したその日に『ライブドア』に売却されたと発表されました。それで、そのまま『ライブドア』に移ることになったのです。

『ライブドア』ではコンサルティング事業部に在籍し、主にクライアント企業のコンサルティング・プランニング・企画立案を担当していました。

アクシス
当時の代表の堀江氏と仕事をする機会はあったのでしょうか?

織田島様
1年弱ぐらい在籍していましたが、ほとんどなかったですね。グループ全体で1000人ぐらいの規模でしたので。ただ、一回だけ全社メールで怒られたことがあります(笑)。

その『ライブドア』のときの上司と一緒に営業やプランニングをしていると、驚くほど順調に仕事が受注できたので、上司と2人で起業することにしました。それが2社目の起業になります。

当時は『モボモガ』を持っていたので、その上司に社長になってもらい、僕が副社長という形でスタートしました。それが『SWITCH』という会社です。

アクシス
『SWITCH』は何年くらい続けていたのですか?

織田島様
そちらも1年弱です。好調でしたが、僕自身のマインドとして自分が代表でやっていきたいという気持ちがあったので、上手い形で抜けさせていただき、『FUCA』を設立しました。それが実質3社目になります。

アクシス
『FUCA』は事業売却されたと伺っていますが、その経緯をお聞かせください。

織田島様
『FUCA』は立ち上げ後、ウェブ製作・Eメールマーケティングの事業が比較的順調に推移していました。

メールマーケティングが得意な会社で、それを主な事業としている会社があまりなかったこともあり、『FUCA』にニーズがあったのです。

『エイジア』というメール配信システムの会社からメールマーケティングや制作を請け負っており、「一緒にならないか」とお声掛けいただいていたのですが、ずっと断り続けていました。

ただ、立ち上げ後10年位した時にMBA取得のために青山学院大学の大学院に通い始めたことで考えが変わり始めました。

グローバルに活躍している同級生が多く、「自分はなんてドメスティックな仕事をしているんだ」と思うようになったのです。そこで『エイジア』に事業売却し、海外留学をすることにしました。

アクシス
新しくグローバルな事業に関わりたいと考えるようになった、ということですね。

織田島様
そう考えて留学を決断しました。自身が抜けては『FUCA』単体として成り立たなくなると考え、営業力のある『エイジア』と組んでおこうと思ったのです。

その時社員が7、8名いたので、上場している親会社で営業力を持っている会社と一緒になることで、社員も会社も守られると考えました。

織田島様

MBA取得の収穫は、
自分の強みを再認識できたこと

アクシス
起業するのは手続きや資金面などで大変ではないですか?

織田島様
いえ、司法書士に依頼しますので、手続き面で特に難しいことはなかったです。

『モボモガ』、『SWITCH』、『FUCA』のどれも、最初は有限会社として立ち上げたため、資本金は300万円で済みました。『FUCA』は資本金1000万円を1、2年目で貯めて、株式会社にしました。今は1円でも株式会社にできますが、当時は資本金の額で制限がありましたからね。

アクシス
何度か起業を繰り返すと、独立に対する不安はなくなるものですか?

織田島様
不安は減っていきますね。全くないわけではないですが、設立の仕方や「こうすればお客さんが付いてきてくれるだろう」という感覚は生まれてきます。

オフィスに関しても、シェアオフィスを利用していたので、資金面での苦労はなかったですね。

アクシス
何社も会社立ち上げの経験がある中で、あえてMBAを取ろうと考えたのはなぜですか?

織田島様
一番のきっかけは、東日本大震災です。僕自身、起業家だとは思っていましたが、経営者だとは思っていなかった部分があり、お金に無頓着だったと思います。

メールマーケティングはクライアントがメールを配信してくれなければ仕事になりませんが、震災のときは自粛ということでクライアントがメール配信を停止しました。

3ヵ月くらい売上が入ってこない状況で、初めてお金や経営について真剣に考えました。また、「日本だけでビジネスしているのは危険だな」とも思ったのです。

僕自身が企画や営業もするプレイヤースタイルだったので、経営やマネジメントについて何も知らなかったということもあり、勉強のためにMBAを取得することにしました。

アクシス
MBAを取得されて、考え方は変わりましたか?

織田島様
MBAで考えが変わったところとして、「グローバル志向になった」ことと「自分の強みが分かった」ことが挙げられます。MBAで幅広く勉強する中で、自分の強みがマーケティングとブランドづくりにあることを再認識できたのは一番の収穫ですね。

アクシス
学生時代から海外志向はありましたか?

織田島様
そこまで強くはありませんでした。MBA取得の過程で強くなったように感じます。また、大学院の正式名称が「国際マネジメント研究科」で、教科書も講義も英語オンリーの授業が多く、英語が日常的に使われているような学校でしたので、衝撃を受けました。

NYでビジネスパートナーと出会い
『T-TIME』を設立

アクシス
その後、留学をされたのですよね?

織田島様
当時のNY滞在の主な目的は英語の勉強でした。経営やプレゼン、会議の進め方のようなビジネス関連の勉強もしていましたが、そのなかで出会った英語の先生が、ビジネスマインドが非常に高い方でした。

彼に授業中に「これから新しい事業を立ち上げてやっていきたい」というようなことを話していたら、彼のほうが乗ってきたのです。

「僕もジョインさせてくれないか」と。そこから「何をするか」から事業を詰めていきました。

彼の「英語の先生であり、ニューヨーカーである」という強みと私の「ウェブのプロフェッショナルである」という強みを掛け合わせて、「ニューヨークの情報をウェブで発信することができる」という話になり、「LIVE from New York」というメディアを運営する『T-TIME』を立ち上げることになりました。

『T-TIME』は日本とNYの両方で、ほぼ同時に2社立ち上げました。

アクシス
4社目の起業ですね。NYでの立ち上げで大変だったことはありますか?

織田島様
ニューヨークの銀行に口座を作るのは少し大変でしたが、会社立ち上げ専門の会社に依頼したので特に苦労はありませんでしたね。

アクシス
事業展開の中で現在感じている苦労はありますか?

織田島様
当初は「LIVE from New York」だけで展開していこうと考えていたのですが、これだけで軌道に乗せるのが難しいことがわかり、方向転換することになりました。

今の事業としてはクライアント向けのブランド戦略、プランニング、コンテンツマーケティングのコンサルティングなどをさせて頂いています。

以前との違いは、自社メディアを持っているので自社メディア運用から得たノウハウをクライアントに提供できる点です。新しいメディアの開発、それを通して得た知見の提供ができます。

方向転換するにあたって、もうやらないと思っていたBtoBビジネスでクライアントに営業をかけなければならない、という葛藤は自分の中にもありました。

また、NYにビジネスパートナーがいて日本には自分ひとりということもあり、信用力が問われる場面での限界を感じてはいます。

アクシス
逆にやりがいを感じる部分はどのような面ですか?

織田島様
クライアント案件だけでなく、自社のビジネスも持っていることにやりがいを感じています。自社の媒体を運用することで得たノウハウを提供すると、喜ばれることも多いです。

自社メディアをこれからも運営していくので、そちらをヒットさせられる可能性に楽しみ・希望を持っています。

織田島様

新しいことにチャレンジし続けることが
ライフワークと考えている

アクシス
「LIVE from New York」のコンテンツは、海外在住のライターが制作しているのでしょうか?

織田島様
はい。日本と海外、両方にライターがおり、彼らにオリジナル記事を作成してもらっています。

英語の勉強法やライフスタイル、トレンドなど世界に挑戦したい方を応援するために、グローバルな情報を発信しています。

強みとしているキーワードはスタバやヨガなど、女性への反響が大きいものが多いです。NYのトレンドは自分が接している情報の中でも沢山あります。そういったものを取り入れ、変換してライターにお願いしています。

アクシス
お話を伺っていると、ある程度育てたものを惜しみなく手放して新しいものに挑戦しているイメージがあるのですが、そこに関して保守的になることはありませんか?

織田島様
新しいことへのチャレンジをライフワークと考えているので、ひとつのことに執着していることの方が怖いです。自身の成長・向上を感じるほうが安心できます。今やっているものも、いつでも手放せるように、とは考えています。

アクシス
そういった考え方になるきっかけがあったのでしょうか?

織田島様
そうではないですね。自分の中で快適さ・成長を実感できることは何だろう?と考えたら、そこに行き着いたということです。

アクシス
ご自身の成長意欲が高いのですね。

織田島様
それはあると思います。MBA取得やNY留学などもそういった欲求からですね。

アクシス
織田島様にとって“はたらくこと”とはどのようなことだと考えていらっしゃいますか?

織田島様
働くこと自体は自身の成長・向上だと思っています。僕の中で肝に銘じていることで、スティーブ・ジョブズの「Stay hungry ,Stay foolish」という言葉があります。

常に目標があってそこに向かって走り続けるという状態である必要はないですが、新しいことにチャレンジし続けることが何歳になっても大事だと思っています。それが、僕にとっての働く意義ですね。

アクシス
織田島様のように起業家志向の方は「大きい会社をつくってやる」という方も多いように思いますが、そう考えることはありませんか?

織田島様
ないですね。3~4名程度の目の届く範囲でやっていきたい、という気持ちが強いです。今の僕自身の感覚で行くと、プレイヤーでいたいと思っています。

MBA取得の当初の目的は、社長業・マネジメントの勉強でした。ただ、ビジネススクールで過ごしてみて、やはり自分の強みはマーケティングやブランド戦略構築にあると再認識しました。

「悩んでいるなら、やってみたらいい」
やりながら考えることが重要

アクシス
ご自身で事業をされている方はなかなかお休みが取れないイメージがありますが、ライフワークバランスはどのように取っていますか?

織田島様
現在はクライアント先で、企画・プランニングをしていることが多いので、土日にお休みを取っていますが、ここ最近は、家にいながらリビングで仕事をしていますね。また、ビジネス関連の書籍を読んで過ごしたりもしています。

それが今のところ普通になっています。ワークライフバランスが重要ということは分かるのですが、土日に休んでいることの方が今の僕にとっては苦しいです。

どうしても、今は仕事が溜まってしまいます。平日は営業などをしていることも多いので、土日しか企画・プランニングをする時間が取れません。土日も働いて溜まっているものをスッキリさせるのが、今の僕にとっては精神衛生上一番いいことなのです。

妻との雑談や頼まれごとをしながら仕事をしているので、妻からの不満もないですね。

アクシス
今後の展望についてお聞かせください。

織田島様
今、「LIVE from New York」というメディアを持っていますが、これからも新しいメディアにチャレンジしていきたいです。それを通じて、クライアントに経験、ノウハウ、知見を提供できる会社にしたいですね。

今の事業はブランド戦略プランニング、ウェブ制作、コンテンツマーケティングなどですが、もっと大きなブランド戦略=『T-TIME』というポジションを確立したいと考えています。

アクシス
織田島様のような生き方をしたい若手社会人も多くいると思うのですが、彼らに向かってメッセージをお願い致します。

織田島様
「悩んでいるなら、やってみたらいい」という事ですね。やりながら考えることが重要です。実際に行動しながらでも、方向転換できますし、僕自身も「LIVE from New York」を運営しながら方向転換しています。

副業としてでもいいので、大きな失敗をしない程度にスタートして、適宜方向転換をしていけばいいのではないでしょうか?

ただし、方向転換ができるだけの武器を持っていることも大切だと思います。僕の場合はウェブプロデュースのノウハウとクライアントワークを受注できるだけの営業力を身につけてきたことが役に立っています。

自身でメディアを作って爆発的に成長させ、上場させるなり売却するなり、というのが理想的ではあると思いますが、なかなかそう上手くは行きません。

プラスアルファで稼げるような武器を持っておくのはリスクヘッジになりますし、心の余裕にもなっていると思います。

織田島様
織田島 哲哉 様

日本体育大学 体育学部卒業(2000年)
青山学院大学大学院 国際マネジメント研究科卒業(2015年)
株式会社ライブドア コンサルティング事業部などのIT企業を経て、2005年、株式会社FUCAを設立、代表取締役に就任。
以後、Webプロデュース、Eメールマーケティング事業を展開。
2013年、株式会社エイジアに事業売却。
2014年、アメリカニューヨークへ留学。
2015年7月、株式会社T-TIMEを設立、代表取締役CEOに就任。 ほぼ同時に、アメリカニューヨークで関連会社T-TIME Inc.を設立、CEOに就任。

株式会社T-TIME

株式会社T-TIME

http://www.t-time1500.com/
グローバルを舞台に活躍したい人を応援するメディア「LIVE from New York (http://live-ny.com/)」を運営。クライアント企業のブランド戦略プランニング、ウェブ制作、コンテンツマーケティングに加え、メディア戦略コンサルティングを提供している。

アクシスコンサルティング

アクシスコンサルティング

3000名のコンサルタントの転職支援をしてきた人材紹介会社(転職エージェント)。コンサルタントになる。コンサルタントとしてリポジションする。コンサルタントからEXITする。そのすべてに精通した生涯のキャリアパートナー。

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