昨今の経営アジェンダになっている「人的資本経営」をクライアントが実践するために経営戦略・事業戦略と連動した人材マテリアリティ(重要課題)の策定から、人事戦略・施策の実行までエンド・ツー・エンドでサポートを行うアビームコンサルティング株式会社 戦略ビジネスユニット 人的資本経営チーム。今回は、同組織をリードする執行役員プリンシパル 久保田勇輝様に、人的資本経営チームを立ち上げた背景、チームを取り巻くマーケットの動向、具体的なソリューションや案件内容などについてお聞きしました。
「衰退した日本企業を救いたい」人的資本経営の道へ
遠藤
まずは、これまでのご経歴をお聞かせください。
久保田様
外資系のコンサルティング会社に入社し、キャリアをスタートしました。そこで人事コンサルティングに7年間在籍し、システム開発や人事業務設計、シェアードサービス化に向けた業務設計を行っていました。
その後、PR系のベンチャー企業で新サービス開発などを手がけ、ソフトウェアベンダーに転職したのち、前職の上司から相談を受け、古巣のコンサルティング会社に戻ることとなりました。
10年目に人事コンサルティングのテクノロジーのリーダーとなり、さらに人事のストラテジーとプロセス開発のコンサルティングのリーダーも兼任して、最終的に売上を大幅に伸ばし、前職の事業に大きく貢献することができたと自負しております。
遠藤
なぜ、アビーム社に転職をされたのでしょうか。
久保田様
その当時、2つのキャリアの方向性で悩んでいました。1つが、「人事」から離れて、大規模な組織マネジメントでキャリアを伸ばしていく道。もう1つが、日本企業を救うために、人材を「資本」と捉えて価値を最大限に引き出しながら企業価値向上につなげていく“人的資本経営”という観点から企業のコンサルティングを行っていくという道です。
そんな折、アビームコンサルティングであれば2つの方向性を目指せるという話を伺いました。検討の末、自分がやりたいことは大規模な組織マネジメントではなく、衰退している日本企業を救うためのコンサルティングだと思いアビームコンサルティングへの入社を決めました。
事業戦略と連動した人材戦略にあたって、一人ひとりが複合的なスキルを持つチームを組成したい
遠藤
今回、人的資本経営チームを発足した背景や想いを教えていただけますか。
久保田様
2つあります。1つは、事業戦略と連動した人材戦略を専門としたチームの必要性を感じていたからです。前述の通り、「日本企業を元気にしたい」「日本企業を成長させたい」という文脈で考えたときに、果たして今の人事コンサルティングの領域で実現可能なのか?という疑問が生じました。ややもすれば、“人事”のためのコンサルティングになってしまうのではないかと。人事だけではなく、経営や事業も理解し、複合的なスキルを持って経営戦略や事業部のコンサルテーションをするためには、それに特化した専門のチームが必要だと感じたからです。
そしてもう1つが、複合的なスキルで価値を発揮できるチームの組成です。昨今のコンサルティングファームの傾向として、事業が拡大していく一方で、一人ひとりのコンサルタントに求められる役割が細かく分かれています。ある種、狭い領域の専門家が集まってチームを構成しビジネスを成立させている背景がある中で、一人ひとりがより複合的なスキルを学び価値を発揮できる人材を育成するためには、改めてチームを組成する必要があると考えました。
遠藤
そういった想いの中で立ち上げられた組織において、現状のオファリング内容をお聞かせください。
久保田様
大きく3つあります。1つ目は、中長期の経営戦略や事業戦略と連動した人材マテリアリティの定義を行って、それを定量的に捉えるためのKGI/KPIの設計及び人事戦略・施策の見直しを行っていきます。
2つ目は、人的資本経営を行うために必要となる人材データを効率よく収集・分析し、経営判断に必要なデータを提供できる基盤の構築。統計解析やAIを活用してデータドリブンで判断できるようなデジタライゼーションの仕組みの構築です。
3つ目は、社員のエンゲージメント調査の企画・設計から調査結果に基づく課題の発見、解決施策までサポートします。また、市場や自社の社員に対して、魅力的な企業であるためにブランディングから浸透までの支援も行っています。
遠藤
組織は何名体制でしょうか。
久保田様
まず人的資本経営チームは戦略ビジネスユニット内にチームを立ち上げました。これはアビームが経営戦略と人事の連動性を重要視している強い意志の表れでもあります。
実際のプロジェクトでは戦略やHCM、AIチームと連携しながら進めていくことが多々あり、人領域コンサルティングチームはアビーム全体で200名弱です。その中で私がリードしている人的資本経営チームに特化しているメンバーが20名ほどです。
遠藤
他社の人事領域に特化したブティック系コンサルティングファームとの違いについて教えていただけますか。
久保田様
例えば、戦略策定や統合報告書において我々ほど深く踏み込んでいない印象です。また我々の特徴としてブランディング施策がありますが、コンセプト設計から施策実行まで行っており、広告会社とも連携し、プロジェクトを進めています。クライアントに対して点での課題解決ではなく、パートナーとしてその領域を支援するアビームとしての特徴でもあります。
遠藤
経営戦略と人事施策を連動していくにあたってどのような問題が考えられますか。
久保田様
例えばチームで連携してプロジェクトを行う際に、チーム間の連携が不十分だとどこかで重要な要素や詳細が見落とされてしまうことがあるのです。それを防ぐには一人が戦略から施策実現まですべてを見る体制の方が元々のコンセプトからはズレることはありません。そのために我々は複合的なスキルの必要性を謳っているのです。これは人事の全領域で10年以上携わってきた体感値として感じています。
「人的資本経営」が求められる日本、一過性のバズワードで終わらせてはいけない
遠藤
改めて、人的資本を取り巻く市況感についてお尋ねします。昨今、人的資本というワードをよく耳にしますが、なぜそういったワードが注目をされているのでしょうか。
久保田様
人的資本が注目されるのは、やはり「失われた30年」のための打開策としてです。企業価値が欧米と比べて、日本企業はPBR(株価純資産倍率)が低いと言われるその背景は、無形資産である人的資本にこれまで投資がされてこなかったからです。加えて、2020年に公表された「人材版伊藤レポート」をはじめ、様々な専門家が声を上げるようになり、人的資本は一つの流行になっていることは間違いありません。
昨今、投資家たちも人的資本に関して興味関心を持ち始めていることは確かです。例えば「この事業ポートフォリオを成立するために、人材ポートフォリオはうまく計画が立てられているのか?」と投資家から指摘されることも少なくありません。それを受けて、多くの日本企業では、非財務指標として人的資本を格上げして取締役会でモニタリングしたり、従業員のエンゲージメントと役員報酬とを連動させたりと、制度や仕組みを変えています。
遠藤
多くの企業で、人的資本を「やらざるを得ない状況」になっているということですね。実際、現場ではどのような変化がありますか。
久保田様
会社によって濃淡がありますが、育成投資や人材発掘にも力を入れ出していますね。というのも、人間は量(数)だけを把握してもうまくいきません。例えば調達戦略をするにあたって「100名調達する」という事業計画を立てたとしても、質が満たされていなければ事業は成り立たないからです。
しかし一方で、人的資本というムーブメントに対していろいろなSaaSサービスが登場していますが、中には本質を見誤っているものも少なくない印象です。本来、KGIやKPIを決めるためにどれだけ想いがあって、どんなプロセスがあって、それによってどれだけ施策が変わるのか、選択集中がどう起こるのか、そこに価値があります。そこを見落としてしまうと一過性のバズワードで終わってしまうのではないか。そういった危惧もあります。
遠藤
実際、経営戦略と人材戦略の紐づきがより強固になっていく中で、クライアント企業ではどのような課題があるのでしょうか。
久保田様
人材戦略を考える上で、何に投資を集中させるのか、「選択と集中」で優先順位を立てることが課題となっています。というのも、それを困難にしている理由の一つにステークホルダーが多いからです。特に人事領域は、定性的な話が多いため論理的に何がプライオリティが高いのかが判断しづらいです。そのため「社長が言うから…」「各事業部が言うから…」「投資家が言うから…」「社会的に…」とすべてに応えようとしてしまいかねません。そこで全網羅的ではなく、事業戦略や経営戦略の中で何が優先度が高いのか。その判断が「選択と集中」であり、ステークホルダーに対して合意を取っていく支援をさせていただきます。
当然、ステークホルダーと対話していくためには定性的な世界から脱却しなければなりません。データドリブンでKGIやKPIといった目標値設定とその関係性を統計的に証明する必要があります。
経営企画部や事業部トップを巻き込むためには、人領域を超えた仮説設定力が必要
遠藤
これまで取り組まれてきた具体的なプロジェクトについて、差し支えない範囲で教えていただけますか。
久保田様
現在ご支援させていただいてるプロジェクトの1つは、CHROや人事トップの方と事業戦略を司る経営企画や事業部トップ、もしくは技術系のトップの人たちと、人材マテリアリティの策定から人材戦略を策定しています。
経営企画部や事業部の人たちに「人材マテリアリティ(重要課題)を設定してください」とお伝えするのですが、なかなか意見が出なかったり、逆に20〜30個出てくることがあります。その中で3〜4個に絞っていくのですが、それが難しいのです。そもそも経営企画部や事業部から見れば我々は人事コンサルティングに見えてしまうわけです。そこで事業戦略や事業目線から考える人的課題とは何か、我々が仮説から持ち込み関係性を構築しながらディスカッションをして、正しい答え引き出していきます。そのためには、当然、人領域だけでなく業界知識が欠かせません。
そしてもう1つ、人材マテリアリティを策定し、KGIの目標値を決めて経営指標にしていくのですが、決まっていたものがひっくり返ったり、何度もつくり直すことが多々あります。経営戦略や事業戦略、人事戦略、人事施策と全部が並行しているため我々が間に入り、それぞれの価値観や意見を尊重しながらファシリテートしていきます。最後に結論が出るまで粘り強く伴走していく。そうしたプロジェクトマネジメント力や推進力もクライアントから評価していただいているところです。
遠藤
プロジェクトにおいて大事なポイントは何でしょうか。
久保田様
人領域以外の事業や経営資源配分まで仮説設定をしていく力だと思いますね。
遠藤
ありがとうございます。他にもどのようなプロジェクトがありますか。
久保田様
現在、大阪の企業で取り組んでいる人的資本経営のプロジェクトでは、従業員が本気でわくわくするようなキャリアモデルをつくっています。その際、技術系の管理職の方たちにヒアリングをするのですが、面白い武勇伝がたくさん出てくるんですね。そして、若手や中堅の従業員からも意見を募りながら、従業員が見てもわくわくするような動画を制作しました。このようなクリエイティブ性が問われるプロジェクトもあるので、広告代理店で企画業務を経験された方やベンチャー企業の広報経験者なども活躍できる環境だと思います。
遠藤
海外展開についてはいかがでしょうか。
久保田様
グローバルの仕事が多いのはアビームの大きな特徴だと思います。戦略チームでは10%が海外赴任をしています。日本がヘッドクォーターであること、これには2つの面白さがあります。1つは、海外でビジネスをつくっていけること。そしてもう1つは自分の知見やソリューションを海外に伝えにいけることです。我々、人的資本経営チームはまだ昨年立ち上がったばかりですが、海外の拠点においても人的資本経営コンサルティングのノウハウを必要としているため、来年からは海外展開(海外赴任)も視野に入れて活動していきます。
生産性の高さ=働きがいのある環境
遠藤
続いて、人的資本経営チームの働き方や人材育成についてお聞かせください。
久保田様
アビームを一言で表すと“働きがいのある会社”ですね。我々のチームでは、生産性を上げるために、限られた時間の中で最大限の力を発揮するためにはどうすればいいのかを考えます。そのため無駄なことはほとんどしません。生産性が高く仕事ができる環境づくりを、我々は働きがいがあると捉えており、そこは他社と比べてユニークな部分だと思います。
一方、人材の育成に関しては“一人前に育てる”ことを念頭に置いています。入社後の1ヶ月間の社内研修と同時に、我々のチームでは毎週月曜日を研鑽タイムとしてクライアントワークを禁止し、組織的な活動とディスカッションに徹底して時間を使います。また、今のスキルを棚卸して、自己申告で苦手なスキルを洗い出し、社内研修と個別研修を組み合わせて徹底的な育成をしていきます。一般的な組織では、年に1〜2回程度の研修だと思いますが、我々は3ヶ月単位で毎週行います。そうすると確実にスキルが身につくようになります。そのようにあえて時間を固定して研修を行っていき、研修を受けることではなく、成長することにコミットしています。
遠藤
チームの雰囲気はいかがですか。
久保田様
とにかく仲がいいですね。バックグラウンドやタイプはまったく異なるのですが、相手を受け入れようとする文化が醸成されています。そもそも、自分とタイプが違う人と一緒に何かをすることは大変です。だからこそ、相手が納得するロジックを別の観点で考えていくから能力が上がるのです。多様性がある中で成長できる土壌が生まれていると感じています。
人的資本経営のルールメーカーとなり、クライアントと伴走し続けられる存在になる
遠藤
今後、人的資本経営チームをどういった組織にしていきたいとお考えですか。
久保田様
我々が人的資本経営のルールメーカーとなっていきたいと考えています。当然、ガイドラインは国がつくるのですが、そのスタンダードを我々がつくり、ソリューションをブラッシュアップしていきながらクライアントに伴走し続けられる存在でありたい。そのために組織を拡大させ、ソリューションの質を高めていきたいと思っています。
遠藤
アビーム社内ではどういった役割を担われていくのでしょうか。
久保田様
人的資本経営チームは、クライアント企業のCHROや経営アジェンダに対してコンサルティングをしていくため、企業にとって大事な施策になります。そういった意味において、我々のチームが成功すれば、アビームがCxOアジェンダに対してEnd-to-Endでコンサルティングができることを証明することにも繋がると考えています。そのためには我々が人的資本経営という文脈の中で他社に先駆けて一歩リードできる実績を打ち出していく必要性を感じています。
遠藤
ちなみに、今おっしゃっていた“実績”というのは、成功事例でしょうか?もしくはソリューションの幅の広さということでしょうか。
久保田様
2段階で考えています。まず、最終的なゴールから言うと、人的資本投資のもと企業の株価や売上が上がれば、結果的に日本企業を救うことに繋がります。ただしそれはすぐに結果が出るものではありません。4年後、5年後に向けた企業価値の創出です。
その前段階となる直近1〜2年においては、どれだけの企業で我々のコンサルティングサービスが提供できているか。つまりどれだけの会社が同意をしてくれたのかということ。まずは人的資本経営とは何か、そのプロセスはどういったものかをクライアントと共に考え運用してくださる企業の数が現時点の実績になると思います。
遠藤
最後に、人的資本経営チームに興味をお持ちの方にメッセージをいただけますか。
久保田様
事業×人のコンサルティングのニーズは高まっており、今後も継続して高まっていきます。
ぜひ一緒に企業の本質的な改革、日本企業を救うための仕事を一緒にしましょう。