ボストンコンサルティンググループ(BCG)において、テクノロジーやデジタルを駆使したビジネスやプロダクトビルディングを担う専門家集団であるBCG X。今回のインタビューでは、Managing Director&Partner中川正洋様、Partner伊藤健様、Principal AI Engineer高柳慎一様に、BCG Xの強みや風土、現在進行中のプロジェクトの内容をお聞きしました。
BCG X 中川様、伊藤様、高柳様のご経歴
小野
これまでのキャリアや、BCGに入社された理由をお聞かせください。
中川様
私はグローバルコンサルティングファームでキャリアをスタートし、主にIT、デジタルを軸に、金融、消費財・小売、エネルギー、保険、官公庁等のコンサルティングに携わってきました。その中で、デジタル分野が遅れている日本の現状を改めて目の当たりにし、デジタルをテコに日本の生産性競争力を上げていきたいと考え、1番適したフィールドとしてBCGを選びました。BCGは日本に根ざしてコンサルティングを展開しており、クライアントの幅が広いことや、扱うテーマが深いことが魅力でした。
入社後は、デジタルコンサルタントのいるBCG Technology and Digital Advantageという組織を経て、データサイエンティストのチームに移りました。AIを導入してオペレーションを変え、企業を成長させるというミッションが私のやりたかったこととも近いと思い、異動しました。
伊藤様
大学時代は宇宙物理学を学び、博士課程を修了しました。その後証券会社にクオンツアナリストとして入社をしたのですが、マーケット分析やトレーディングアルゴリズム開発を担当したこともあり、アメリカに9年ほど駐在をして、データサイエンスの手法を用いてビッグデータ分析やトレーディングモデル開発をしていました。
日本に帰国してからBCGに入社したのですが、日本の戦略コンサルティングファームの中で一番大きいBCGなら、専門としていたデータサイエンス、データ分析、定量モデリングのスキルを、金融だけではなく、他の業界や会社でも活かせると考えました。また、ソリューションを作って売るだけではなく、企業の戦略のあり方や、業界を変革していくためのアプローチ、デジタルの活用方法まで考えたいとも思い、それが可能なBCGを選びました。現在はBCG Xのデータサイエンス関連プロジェクトをリードしながら、クライアントへの営業もしています。
高柳様
私はもともとLINEやリクルートで、データサイエンスや機械学習を担当してきました。Web上での旅行サイトの予約や、広告のクリックを集めるための方策を作っていたのですが、スマホやPCの中だけではなく、もう少し幅広く物事を見たいと思っていました。また、BCG Xはアメリカやヨーロッパ、アジア各国にも拠点があり、ここでなら世界で何が流行っているのかをいち早く知れるという期待もありました。また、入社してみると、クライアント企業が大きくオペレーションを変える場面に立ち会えるなど、リアルビジネスを動かしている感覚があります。
「経営課題」を解決するデジタルソリューション作りに注力する
小野
御社内でのBCG X、その中のデータサイエンティストやAIエンジニアの役割、ミッションについてお聞かせください。
中川様
BCG Xは、BCGと一緒に協業しながらプロジェクトを実施し、ビジネスとテクノロジーを掛け算の相乗効果で合わせながら価値を出します。例えば、戦略コンサルタントがクライアントの経営課題を特定しながら、どういった取り組みをしていくべきなのか提案したとして、その提案をテクノロジーを使って実現していくのがBCG Xです。要はいろいろなプロダクトを開発したり、新しいサービスを立ち上げたり、実際にオペレーション変革を実現したりする役割です。BCG Xの中でもデータサイエンティストやAIエンジニアはアルゴリズムやモデルを開発してクライアントに提供し、実際にテストオペレーションを回して改善を繰り返し、導入して結果を出すところまでを担っています。
小野
BCG Xの強みや特徴は何でしょうか。
中川様
テクノロジーとビジネスを融合させていくところだと思っています。私どもは「10、20、70の法則」ということをよく言いますが、ビジネスインパクトの創出において大切なのは10%がアルゴリズム、20%がシステムやデータ、70%がオペレーションだという考えです。AIのプロジェクトと言うとAIのモデルを作るだけで終わってしまうと思われがちですが、そこは出発点にすぎず、実際にAIを活用してビジネスに落とし込んで使っていただき、価値を出すことが私どもの強みだと思っています。ですから、データサイエンティストやAIエンジニアも、クライアントの経営課題や要望を理解しながらプロジェクトを進めることを大切にしています。
高柳様
AIに関しては2020年頃までPoC(Proof of Concept; 概念実証)バブルと言われる事態が起きていました。PoCで止まってしまい、いつまでたってもビジネスの変革、オペレーションにつながらないという状態です。10%のアルゴリズムや20%のシステムやデータにばかり注力して、70%の人や組織のオペレーションや働き方に目が向かず失敗するケースですね。その点、我々は戦略とテクノロジーを掛け合わせ、残りの70%も合わせてご支援し、クライアントの経営課題を解決することができると自負しています。
「マーケットインの観点」を持ち、現場の視点に立った導入支援で、クライアントの自走までサポート
小野
現在のトレンドや伸びているマーケットがあれば教えてください。
中川様
生成AIに関しては多くのプロジェクトが立ち上がっていて、生成AIの戦略を策定するプロジェクトから、実際にPoCや企業変革を行っていくプロジェクトまで幅広くあります。政府と関わる案件もあり、そもそも生成AIを含めたガイドラインをどうしていくのかといった検討や、生成AIの根幹となる大規模言語モデルの開発加速に向けた取り組みも支援しています。
AIの開発で言うと、営業マーケティング領域や、オペレーション改革など、はさまざま領域において取り組んでいます。特にプライシングに関しては、これまで、企業側には「価格を変えてはいけない」という価値観が強くありましたが、ここ最近の物価高を経営層の方もチャンスと捉え価格は柔軟に変えることができる」という考えにシフトしてきています。AIを使って需要と在庫の状況を見ながら、科学的にきめ細かく商品ごとに値段を変えていくといった案件も増えてきています。
小野
企業側からの相談は70%のオペレーションの方に移ってきているのでしょうか。それともまだ10%のアルゴリズムや20%のシステムやデータについての話が多いのでしょうか。
高柳様
クライアント自身もシステムを導入することが目的なのではなく、AIを使ってビジネスインパクトを生み出したいのです。よってChatGPTのような大規模言語モデルに興味があるように一見見えたとしても、本質的には70%のオペレーション変革を大切にしているはずです。
小野
それでもPoCで止まってしまっている企業も多いと聞きます。なぜでしょうか。
中川様
たとえば、それまでずっと値付けの業務をしていた方がAIによる値付けを受け入れるのは、どうしてもAIへの対抗意識が芽生えてしまい難しいです。しかし、AIが得意な値付けと人間が得意な値付けがあり、両者が協力してより良い値付けをすることで、これまで以上の経済効果を創出することができます。 そのため、 AIの値付けに対して人間がどのようにチェックを行い、どのような観点で人間が補正を行うのかなど、きめ細やかな設計が求められます その議論がないまま進むと、 AIが提示した結果に対して、人間が「この数字でよいのか自信が持てない」と逡巡することもあり得ます。AIが出したものを見て「私は信じられない」と、抵抗勢力になってしまうこともありえ、やはり、70%のオペレーションに比重を置いて進めていくことが大切です。
高柳様
ビジネスインパクトを創出するための新たなAIやシステムのプロジェクトにあたっては「やる意味はあるのか」「できるのか」「できるとして、どのくらいの期間がかかるのか」という3つの論点を考える必要があると思っています。これに対して皆「やる意味はあるし、できるし、このぐらいの期間でできるからやろう」と進めていった先でプロジェクトが頓挫してしまったというケースをよく目にします。特に、3つのうちの「やる意味はあるのか」を突き詰めて考えずに進んでしまうと失敗することも多いです。たとえばAIを導入しても、実はコスト減のインパクトはあまりなく、やる意味がなかったという場合があります。あるいは、AIに置き換えたところでほとんど意味がなかったことが分かり、PoCで止まってしまうというケースや、システム導入ありきで新たなシステムを開発して、結局あまり使われなかったというケースもあります。「やる意味はあるのか」をあまり考えず開発する・導入すること自体が目的になると、その段階で止まってしまいます。BCG Xにもソフトウェアプロダクトはありますが、、、プロダクトアウトではなくマーケットインの視点、常に使う側の視点に立つことを大切にし、PoCの段階で改革が止まらないように心がけています。
小野
AIを活用しようとした際に、社内にその効果がポジティブに伝わりにくく、特に「自分たちの仕事がなくなるのではないか?」という考えから、浸透しないという声もよく聞きます。
高柳様
現在流行っている生成AIでいうと、自動化して人間の仕事を奪うツールというよりも、人間のスキルを拡張して生産性を上げてくれるツールだと思った方が良いです。たとえばChatGPTは、自身ではアイデアが3つしか思い浮かばないときに、4つ、5つのアイデアを出してくれたり、こんな原稿を書いてほしいと投げるとドラフトを返してくれたりします。アイデアの幅を広げたり、生産性自体を上げてくれるツールなので、自分たちの仕事が奪われるわけではないということを伝えていくことが大事です。
小野
中川様は、他ファームからBCGに入社されて、クライアントの幅広さや日本国内への根ざし方について何か実感したことはありますか。
中川様
前職でも、クライアント企業の成長戦略やデジタル戦略といったプロジェクトに携わっていましたが、一部では戦略を立てて終わりというケースもありました。BCG Xは、戦略を立てた後にPoCを実行し、導入まで支援します。場合によっては人材採用、組織作りも支援し、クライアントだけで自走できるよう変革を実行していて、深く入り込んでいるところが大きな違いであると実感しています。日本国内への根ざし方についてお話しすると、経済産業省などが進める、国産の生成AI基盤モデルを作るというプロジェクトの事務局をBCGが担っています。GAFAやOpenAIなどに先行されている中、日本の開発競争力を少しでも高めることを目指しています。こうした政府の重要なアジェンダに携わっているのは、BCGが深く日本に根ざしているからだと思っています。
小野
BCG Xとして推進したい案件はありますか。業界をどう変革していきたいか、そのために組織をどう変えていきたいかという観点も併せてお聞かせください。
中川様
特にBCG Xになってからは、データサイエンティストやエンジニアのほか、デザインを専門にしているメンバー、ベンチャーの立ち上げに強みを持つメンバーなど、さまざまなメンバーがそろっています。新規サービスの立ち上げの中にAIを組み込み、デザインもしながらプロダクトを作っていく、そこに戦略コンサルタントが入って設計をしていく、といったように組織全体が一体となったプロジェクトが増え、より大きな価値を出せるようになってきています。今後は、生成AIや営業マーケティング、オペレーションといったプロジェクトを増やしていきたいと考えています。BCG Xの組織自体もまだまだ拡大の余地があります。
戦略コンサルタントとともに学び合うことで、経営視点を持つテック人材へ成長できる
小野
この組織にいることでどのような成長が遂げられると思いますか。
高柳様
メンバーには「5年間でCTOやCAIOになるぐらいのスキルをつけなさい。あるいはコミュニケーション能力やビジネススキルを身につけなさい」と言っています。CTOやCAIOは技術のみならず経営の話を理解している必要があります。その点、BCGでは隣に戦略のプロがいる環境であり、成長できます。
中川様
戦略コンサルタントとテクノロジーの2つの部隊が一体となっているところが最も大きなポイントです。上下関係はなく、ワンチームとして一緒にプロジェクトを進めています。「みんな違っていい」「さまざまなバックグラウンドがある人をお互いにうまくレバレッジを効かせながら、価値を出していく」という思想が根付いていますね。
伊藤様
テック専門の方とコンサルタントが一緒に働き、互いに学び合うことは将来のキャリアにもプラスになります。そのことに共感する人に入ってきてほしいですね。
小野
テックが専門の方の中には、コンサルティングファームよりAI企業やスタートアップの方が自由で、さまざまな技術を使えそうだと考える方もいると思います。BCGの中でもBCG Xはテック専門の方が働きやすい工夫をしているのでしょうか。BCG全体としてテック専門の方も働きやすい環境なのでしょうか。
高柳様
BCG XはGitHubやConfluence、タスク管理にはJiraやTrelloなどいわゆるテクノロジー企業が使っていそうなものは大体使っています。コミュニケーションに関しては、BCG XだけでなくBCG全体でSlackが導入されています。ツール面でも、BCG Xでは社員がPCもMacを使えたり、パブリッククラウド環境で開発できます。
小野
データサイエンティストとして、事業会社とBCG Xで得られるスキルや経験の違いをどう感じていますか。
高柳様
事業会社では、1つのテクノロジーに詳しくなれます。たとえば、AWSやGCPといったパブリッククラウドは、耐障害性の観点や特定のクラウドコンポーネントがつかいたい場合を除き1社につき1種類しか使わないケースがほとんどです。その点、BCGではクライアントによって使うパブリッククラウドが違うので、触れるテクノロジーの幅が広がりますね。またプロジェクトごとに使うデータサイエンススキルも異なるため、プライシング、パーソナライゼーション、エージェントシミュレーション、離散/連続最適化など幅広いスキルを身につけられます。都度、0から問題を定義し直さなければならない大変さもありますが、データサイエンティストのスキル観点では非常にやりがいのあることだと思います。
小野
入社後のキャリアイメージ、フォローアップ体制をお聞かせください。
伊藤様
さまざまなキャリアパスがあります。典型的なものですと、BCGの中でキャリアを重ね経営幹部を目指すというパターンがあります。また、経験を活かして事業会社に行く選択肢もあります。BCGでキャリアの一時期をすごすことで、実力、ジョブマーケットでの見え方という面でも得るものは大きいと思います。BCGに入ったらその期間を成長の機会だと捉え、BCGに在籍しているメリットを最大限生かしてほしいと思っています。
中川様
入社したメンバーには必ずキャリアアドバイザーが1人つき、きめ細やかにフォローしています。プロジェクトへのアサインについても、本人の希望はもちろんですが、その人の成長にプラスになるかどうかや、プロジェクトに必要とされるスキル、今後伸ばすべきスキルがあるかどうかも丁寧に見ています。
高柳様
スキルアップの面でもフォローアップ体制は充実していると思います。データサイエンティストは、プロジェクトを通してコーディングスキルを学べますし、国内外で外部の講師による講義を受けることもあります。
小野
現在メンバーが学んでいるテーマやトピックがあれば、教えていただけますか。
高柳様
1週間でChatGPT(より正確にはTransformer)をゼロから自力で作ろうとしているメンバーがいますね。そのほかに、反実仮想機械学習(CFML)等、ビジネス応用ができそうな応用分野を学んでいるメンバーもいます。
何かしら専門領域を持っていれば、キャッチアップできる
小野
BCG Xのデータサイエンス、AIエンジニアのチームの雰囲気や、メンバーのバックグラウンドを教えてください。
伊藤様
特に若手は仲が良く、一緒に飲みに行ったり、イベントをしたりしていますね。バックグラウンドは多彩で、事業会社や商社の出身、研究者出身の人もいれば、ソフトウエアエンジニアもいます。外国で育った人も多いです。
中川様
新卒の人もいるので、本当にさまざまな人がいますね。
小野
今後、どういったスキル、マインドを持った方に入社してほしいですか。
高柳様
何かしら専門領域を持っていれば、キャッチアップはできると思います。マインドの面では、積極的なコミュニケーションを取れる人が合うのではないでしょうか。具体的に言うと、「助けがほしい」と思ったときに「助けて」と言える人ですね。BCG全体として「声を上げよ」ということは言われています。チームで働くスタイルなので、困っている人、悩んでいる人を黙って見過ごすことはありません。
小野
ある領域で絶対負けないビジネスサイドの知見があるという方も対象になるのでしょうか。
高柳様
たとえば、化学業界の知識があるという理由で重宝されるというケースが実際にあります。業界に特化した知識は価値があります。
中川様
BCGが行っているプロジェクトは本当に難しいですが、「難しいからつらい」ではなく、「逆にどう解いてやろう」と楽しめるマインドセットを持っている人が、より向いているかもしれません。
案件中は個々の働き方が優先され、案件後に集中的に勉強する期間もある
小野
ワークライフバランスはいかがでしょうか。
伊藤様
オンオフははっきりしています。プロジェクトを担当しているときでも、特に育児や介護をしている人は事情に合わせて「9時前は働かない」「17時以降はお迎えがあるのでのミーティングは実施しない」などと、しっかり時間を作っています。プロジェクトが始まる前に、全員でそれぞれの人が働ける時間を確認し、ミーティングの時間やコミュニケーションのルールを決めます。大変な仕事であることは否めませんが、集中して仕事をしており、ダラダラした雰囲気はありません。
中川様
プロジェクトが終わったときに休む仕組みはありますよね。
伊藤様
プロジェクトにアサインされていないときに、休みとは別に1週間ほど何かテーマを決めて集中的に勉強する制度もあります。ですから、案件があるときは非常に密にやりますが、案件がないときは自身の学習に充てるといったようにオンオフがしっかりしているので、その意味では働きやすい環境だと思います。
小野
メンバー同士のコミュニケーションはどのように取っていますか。
高柳様
Slackを多く使っています。実は私はBCGの「グローバルNo.1スタンプ作成王」なのです。くすっと笑えるようなスタンプを作って、ノンバーバルなコミュニケーションをしています。そのやり取りはテクノロジー企業のように活発になってきていると思っています。
中川様
空気が一気に砕けていいですよね。BCGでは「Teaming@BCG」 と名付けられたサステナブルにチームで働くグローバルの仕組みがあります。メンバーは毎週、ハーバード大学と一緒に開発した組織開発のためのアンケートに答えることになっています。たとえば「チーム全体としてクライアントに価値を出せていますか」「適切な働き方ができていますか」といった質問への回答が毎週トラッキングされ、トラブルがあった時にはプロジェクトの実行責任者が改善策を考えます。
社内のHR部署を通じて、プロジェクトの実行責任者に言いにくいことをメンバーが相談できるような工夫もあります。