転職ありきでなくていい。転職活動を通して、なにかを見出してくれたら、と思っています。
(山尾康久)

アクシスコンサルティングの初期から会社の屋台骨を支え続けてきた山尾康久。長くリーダーとしてメンバーを引っ張ってきた重鎮だ。マネジメントを下の世代に代替わりさせ、現在はキャリアコンサルタントに集中する山尾は、激動の時代をどのように乗り切ってきたのだろうか。

山尾康久

「人」に関わる仕事をしてきた

-山尾さんのキャリアのスタートは大手百貨店ですよね。

大学時代はアルバイトばかり。人と話すのが好きでした。社会に出ても人と接点を持つ仕事をしたいと思っていたんです。それで、百貨店で外商をおこなう部署に入りました。

-富裕層を相手にしてたのですか。

個人のお客様もいましたが、企業を相手にすることが多かったです。会社の備品、イベントのノベルティ、お中元など。西東京を担当していましたが、60人ほどの小さな部署だったので、けっこう広範囲を飛び回っていました。

-百貨店で九年キャリアを積んだあとに、新天地を求めます。

勤めていたところが民事再生になってしまいました。同業界に移るにしても、百貨店というビジネスモデル自体が難しい状況で、どこも今後の発展が見込めなかった。そこで新しい場所に移ろうと。ただ、人に関わる仕事はずっと続けていきたいと考えていました。

人材派遣の世界へ

-実はこのときに、アクシスの前身となる会社の立ち上げに参画していたそうですね。

結果的にこの話はなくなりました。あまりにリスクが大きいことだったので。ただ、将来的に自分が人材紹介業界に入るかもしれないとは思いました。いろいろ考えた結果、人材派遣の会社にお世話になることにしましたが、今振り返れば、アクシスで働くための準備期間だと捉えていたのかもしれません。

人材派遣を選んだのは、当時ブームで成長業界だったということもあります。余談ですが、転職活動中、誰も転職理由を尋ねませんでした。勤め先の民事再生は日本中で大きな話題になりましたから。みなまで言うな、という感じでしたね(笑)。

-新しい会社は100名規模。業界では大手とはいえ、百貨店とはまったく違う環境ですよね。

それまではやらなかったような細かい仕事もやりましたね。

-忙しかった?

ありがたいことにずいぶん高く評価してもらっていたのですが、結果、他の人の五倍の予算を持っておりまして。月に200人くらいの派遣社員さんを担当していました。営業からクライアントの開拓から、派遣社員の面接同行まで。朝から晩まで駆けずり回っていました。

会社自体は大手自動車メーカーのグループ会社でした。だから天下りのような人たちもいて。三年と少し在籍していたのですが、忙しさと給料があっていないなあ、と思っていましたよ。

キャリアコンサルタントのスタート

-そしていよいよアクシスコンサルティングへ。設立から二年くらいのときですね。

アクシスの状況は設立時から常に把握していたのですが、二年続いているのを見て、そろそろ大丈夫かな、と。それでも入社当時はまだ社員数8人くらいでした。

-仕事も今とはだいぶ違う?

全然違いました。今ほどインターネット中心ではなかったし、まだ立ち上がったばかりの会社でしたから。営業先や人材の開拓のため、朝から晩まで電話をかけていました。

-ハードな生活は変わらなかったんですね。

荒木田さんがねえ、なかなか家に帰ろうとしないんですよ(笑)。それで一緒になって仕事をしていると、つい終電を逃してしまう。当時アクシスは九段下にあって、彼は原付で帰れるからいいけど、僕は池袋に住んでいたから帰れない。なにしろ立ち上がったばかりのベンチャーで、タクシー代を請求できる雰囲気もなかったから、仕方なく妻が夜中の一時過ぎに車で迎えに来てくれました。「ありえない」と文句を言いながらも。

-当時からコンサルティングとIT業界をメインターゲットにしていたんですか。

当時はたしか、コンサル、IT、ハードに絞っていましたね。コンサルとITは人の流動性が激しいのと、成長産業だったから。あとは、荒木田をはじめコンサル経験のある人がネットワークを持っていたのもあります。ハードに関しては、社長と今JCMSにいる茂泉が強みにしていました。

-当時、記憶に残っているエピソードはありますか?

やはり最初のお客様です。エンジニアの方でした。当時いたメンバー全員でお手伝いしたんです。アクシスの理念が表れた例ですね。

リーマンショックとその後

-その後2006~2007年にかけて社員が増え、今のアクシスにつながる組織ができていきます。しかし、その直後にリーマンショックが起きました。

うちは七月から六月までの決算期ですが、2008年度の前半は悲惨な状態でした。企業が求人を軒並み取り下げたので、我々も身動きがまったくとれませんでした。

-他の方に話を聞くと、皆さん会社が倒産するのではないか、と思っていたようです。

社長が、一、二年くらいの不況でつぶれることはない、と断言していました。やせ我慢だったのかもしれませんが、その言葉を信じて仕事をしていましたね。実際、前半はひどかったのですが、後半で前半を取り戻すくらいに回復しました。

-なぜですか?

もちろん景気の問題もありますが、うちのブランド力と、お付き合いしている企業、求職者の方々の力も大きいですね。

-山尾さんはコンサル業界を長く見てきた方です。

十年以上に渡って、数多くのコンサルティングファーム、コンサルタントの皆様、そしてコンサルタントを志望する方々とお付き合いをしてきました。この業界は本当に優秀な企業、人材ばかり。たとえ不況下であったとしても人への投資は惜しみません。当時すでにアクシスはコンサル業界から高い評判をいただいていました。だからこそ、リーマンショックの余波からもいち早く抜け出したのだと思います。

それは身が引き締まることでもあります。我々キャリアコンサルタントにも高いレベルが要求されるからです。ファームの期待と求職者の要望を適切にマッチングさせるためには、コンサル業界を俯瞰できる視野の広さが必要で、そのためには一定の経験が必要になってくる。幸いなことに私は経験に恵まれてきました。そして、これは本当にいい点だなと感じているところですが、アクシスはキャリアコンサルタント同士のナレッジ共有にとても熱心です。これからも私の経験をメンバーにしっかり伝えていきたいと思います。

アクシスのこれから

-これからのアクシスはどうなっていくでしょうか。

やはりコンサル業界への人材提案という領域では、圧倒的なナンバーワンになりたい。社内の情報共有が非常に優れているのがうちの特徴。その強みをもっと生かしていかないと。企業訪問レポートの共有などは、他社にはないと思います。逆に人を集めるところ、求職者へのアピールという点ではまだ課題があると思っています。

また人材提案に留まらず、企業を支援するコンサルティングをおこなっていきたいです。アクシス自体がコンサルタントファームとして人材以外のソリューションも提供していけるようになりたい。

求職者のほうでは、職という面で本当に困っている方を支援できたらと思っています。

ただ、転職ありきだと考えたことはないんです。結果的に転職しなくても構わないと思っています。自分と一緒に活動してみて、なにかを見出してくれたらいい。転職はしなかったけど、とても楽しかったと言われるのが一番うれしいかもしれません。

アクシスに合う人、合わない人

-どんな人がアクシスに合うと思いますか。

人材紹介業という点だと、まずは営業として人としっかり話せること。アクシスという点だと、人材紹介業の経験者は、意外とうまくいかないことが多かった。

-なぜでしょう。

似たような仕事をしていて成功パターンがあると、逆に戸惑うのかもしれません。たとえば大手人材紹介会社だと、求職者のカウンセリングだけを担当する人間もいます。アクシスはスタートからゴールまでやるので難しいかもしれない。

アクシスは新卒の若手に対して、きちんとしたプログラムを用意して、じっくり育てていく風土があります。中途についても、新卒のように手取り足取り指導はしませんが、努力している人であればしっかり助けていきますよ。

山尾康久

週末は、土曜日に出社して仕事をした後、マッサージ、そして飲みに出るのが定番コース。「つまらない生活ですよね」と笑う山尾の飲み相手は、妻が務めることが多いのだという。

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